【PERSONAL FILE】Freestyle Basketballer Kengo Maeda  死ぬまでシーンと共に In the “Scene” for Life

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大学日本一に3度輝き、世界でも活躍を続ける若きFreestyle Basketballer Kengo Maeda 。今回はそんな彼に始めたきっかけから、二人の師匠との出会い、フリースタイルバスケの魅力と苦悩、将来の展望、カルチャーの捉え方までを訊いた。

Kengo Maeda Interview Teaser
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一番好きなモノに向き合う


 ──早速ですが、現在の活動について教えてください。

フリースタイルバスケットボールというものをかれこれ7年くらいやっています。フリースタイルバスケットボールっていうのは、普通のバスケットボールのようにゴールにシュートを入れて点数を競うのではなくて、音楽を流して踊りに近いような表現をし合って優劣をつけたり、エンタメとしてショーをやったりするみたいなものです。

 ──始めたきっかけは?

中高とずっとバスケ部に所属してて、高校で一度部活を辞めた時にまずストリートバスケというのを始めました。これは、今自分がやっているフリースタイルバスケとは少し違って、コートがあってシュートも決めるんだけどトリックを掛け合って騙し合うのが主みたいなバスケです。そこから派生してフリースタイルバスケを動画で見て、面白そうだと思って始めたのがきっかけですね。

 ──バスケ部を辞めたのをきっかけにストリートの世界に入った感じなんですね。

でも実は部活は入ったり辞めたりを繰り返してて(笑)。結局は部活も最後までやりました。というのもフリースタイルバスケのパフォーマンスをする上でちゃんとバスケを分かっていないとなと思って。やっぱ歴史があるし、そういうのから逃げようとしてたじゃないけど、ちゃんと向き合いたいなと思って結局続けました。顧問の先生にめっちゃ怒られましたけどね(笑) 何度も頭下げに行きました(笑)

 ──やっぱりストリートバスケの世界でもちゃんとバスケをやってきたって言うのが大事になってくるんですか?

そうですね。バスケやってこなかったって人もいるけど通用したりしなかったりとか。そういう人はやっぱりドリブルのつき方が違ったりとかで、なんかそのソースとなる部分が一個かけちゃってたりするから、それは嫌だなと思って結局ちゃんと続けました。一応バスケが好きだったからこそ見つけたものですしね。

 ──転機となった出来事や出会いなどはありますか?

 まず出来事としては、もちろん初めてフリースタイルバスケを見たときのファーストインプレッションも大きかったんですけど、高校時代に親父が死んだことですかね。その時にちゃんと自分の道を生きようと思いました。一番好きなものにちゃんと向き合って人生かけてやってやろうって腹くくりました。自分がやりたかったのは、フリースタイルバスケだったし、なんかのめり込みたいなって思って。そっからは毎日欠かさずやってます。さっき話した部活でバスケにちゃんと向き合おうってなったのもその時ですね。
 出会いでいうと自分にはリーさんジンジさんっていう師匠みたいな人が二人いて。リーさんは、フリースタイルバスケットボール界の第一人者でハリウッド映画にも出ている人です。この人からはフリースタイルバスケ以外にも社会に出て大切な礼儀とかを一から学びました。すごい厳しい人なんですけど、自分は生ぬるい環境でずっと育ってきたので社会の厳しさみたいなものを早めに教えてもらえて本当に感謝しています。親父みたいな存在ですね。ジンジさんは兄貴みたいな存在で、週に三回くらい一緒に練習して泊まったりしています。この二人と出会えたことは自分にとって本当に大きかったですね。


進行中のカルチャー


 ──フリースタイルバスケ自体はいつ頃始まったんですか?

フリースタイルバスケの歴史は掘り下げたらキリがないんですよね。どの歴史が正しいのかもわからないんですけど、俺が聞いた話ではなんかアメリカのストリートバスケコートで、ガタイいいやつとかうまいやつしかゲームに入れないから、その横でトリックを見せてゲームに入れてもらっていたのが始まりとか。でも本当に分かんないですね。でも何十年もあるのは間違いです。いろんなとこから派生して今のかたちになってきているんだと思う。でもまだまだ進行中のカルチャーですね。

 ──スタイルとかもありますか?

ずっとボール回しだけで戦う人とか、ルール上ボールは何個使ってもいいからジャグリングみたいなことをする人もいます。俺がやってるのは基本的にワンボールといって音に合わせてボール1個を使って好きにやるみたいな感じです。時代によっても流行っているスタイルとかがあって、昔とかは一発技みたいなのが結構主流だったからbboyのパワームーブだったりを取り入れてましたね。今は結構なんかフローっぽい動きが流行ってたりとかします。

 ──他のシーンの動きも取り入れているんですね。

フリースタイルバスケって判断基準があんまりなくて、パッと見てすごいやつが勝つって感じなんですよね。もちろん、ドリブルや手から肩にかけてボール転がす動きみたいなベーシックというのはあるけど基本的には何でもありって感じ。だから自分は、ダンサーの動画めっちゃディグって研究したり、あとはパルクールのジムに行ってアクロバットの練習したりしてます。

 ──フリースタイルバスケの魅力はどんなところに感じていますか?

うーん。初めて見た時はなんか全く知らないバスケットボールすぎて意味わかんないじゃないですか。ゴールにも打たずになんかすごいコロコロしてて。でもそれがすごい魅力的に感じたんですよね。ルールに従わないじゃないけど常識にとらわれないみたいな感じにすごい喰らいました。それがこの競技の魅力だと思いますね。

 ──逆に嫌になったり、苦しかったりすることはありますか?

大学生の日本一を決める大会で自分は一年生の時に優勝して、その時に「四連覇します」って言ったんです。三連覇まではできたんですけど、四年生の時に負けちゃって。その時は本当に絶望しました。やめようかなと思いましたね。あとはやっぱり好きでやってるのに楽しくない時ってあるじゃないですか。人にショーなどで見せる機会が多くなってそれが主になっちゃって、自分が本当にやりたいことは何なんだろうって悩みます。でもこれで生きている以上、ずっと同じ技をしていても飽きられるし、常に新しいものは作っていかないとなと思います。ここが、フリースタイルバスケの好きなところでもあり嫌いなところでもありますね。


ギャンブルみたいな人生


 ──将来の展望について聞かせてください。

そんなデカい目標はないんですけど、フリースタイルバスケはコミュニケーションツールになるので、いろんな国に行っていろんなボーラーと会ったりとか、そうじゃない人にも見せたりとか、そういう広める動きはずっとやってたいですね。やはりまだまだ競技人口は少ないし、色々な場所でやっていきたいです。あとは日本のシーンを盛り上げていきたい気持ちがあります。上の世代からトップの人たちは本当に頼もしくて、まだ第一線を走っていてメディアに出たりとかレッスンをやったりだとか知らない人への認知拡大とかに力を入れているイメージがあって。それと比べてシーンにずっといることは、お金になったり有名になれる可能性は低いと思うんですけど、自分はシーンに育ててもらったし、一緒にフックアップしたいですね。下の世代をピックアップするような大会とかやりたいと思っています。まぁでもとにかく死ぬまでやるんだろうなって思います(笑)やらなきゃいけないって使命感でもないけど一生やってるんだろうなと思いますね。

 ──進行中のカルチャーに身を置くことに対して恐怖はないですか?

うーん、でもそっちの方が面白くないですか。なんか人生が何年後何十年後まで決まっちゃってるのってすごいもったいないなって感じて。ずっと少年みたいな気持ちでいたいなと思っていますね。マジギャンブルみたいな人生送ってます(笑)

 ──最後にKengoさんにとってカルチャーとは何ですか?

フリースタイルバスケっていうカルチャーに置き換えて考えると、「家族」みたいなものですね。フリースタイルバスケやっている人で嫌いな人いないですし、絶対仲良くなります。シーンにいる人は皆家族みたいな感覚です。

 ──ありがとうございました。

“自分の一番好きなものに一生向き合い続ける” 簡単なようでとても難しいことだが、彼にはそこに確かな覚悟があった。自分を育ててくれたシーンをより盛り上げ、フリースタイルバスケの魅力をより多くの人に伝えたい。確かな技術と独自のスタイル、そして挑戦し続ける覚悟とともに戦い続ける彼からこれからも目が離せない。

取材 Tsukasa Yorozuya
構成 Nozomi Tanaka

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