【PERSONAL FILE】Dancer YUI「観ている人を笑顔にする、世界一のエンターテイナー」

Lock dance界の重鎮TONY GOGO率いるTONY GOGO FAMILYの一員であり、幼少期より世界のLock danceシーンで活躍し、数々のタイトルを日本のみならず海外でも獲得。大学生の現在、Revety、東京六大学ストリートダンス連盟の会長をはじめ、学生ダンスシーンでも多岐に渡る活動をしている。ダンスシーンから常に注目を集める彼女に今回、キャリアにおける活動や苦悩から、それを支える価値観や、カルチャーの捉え方などを聞いた。

YUI INTERVIEW TEASER

※コロナウイルスの影響を考慮し、オンライン取材を実施。


エンターテイメントの力「今も変わらない夢を持った」


 ──キッズダンサーの頃からシーンで注目されていたYuiさんですが、ダンスはいつから始められたんですか?

YUI 年中さんの時、4歳の頃です。元々母がダンスが好きで、その影響で始めたって感じです。

 ──その頃ダンスをしていて、覚えていることはありますか?

YUI 覚えてるのは、何よりもダンスが楽しすぎたっていうことです。ドハマリしました。幼稚園でお遊戯みたいな感じなんですけどダンスの大会があって、その時年長のお姉さんクラスに負けちゃって、めっちゃ悔しくて号泣したんですよね。
それがきっかけで、ダンスのスタジオに行ったりするようになったし、今の負けず嫌いなところにつながっていると思います(笑)

 ──小さい頃から、他の遊びよりダンスが好きという感じ?

YUI そうですね、小学校からダンス漬けの毎日。小学校2年生の時、今でも変わらない大きな夢を抱くきっかけになった、人生で最初の転機になった舞台があったんです。
半年もの期間をかけ制作された、小中学生だけで早着替えが何度もある大規模な舞台公演で、それに出る為には2つの条件があって。
一つは、バク転ができるようになること。もう一つは、壁倒立を10分以上やること。クリアする為に、毎日泣きながら練習した記憶があります。努力の甲斐もあって条件を満たして、壁倒立に関しては出演者中で最年少ながら二番目の記録である13分もできて、自分の中で初めて大きな壁を乗り越えた経験でした。
そして迎えた本番当日の終幕で、舞台上で感じた観客の歓声と満面の笑顔の景色は今でもはっきりと記憶に残っていて、ここでエンターテイメントの持つ力を実感しました。

この時に、今も変わらない「観ている人を笑顔にする、世界一のエンターテイナーになる」という夢を持ったんです。それからは小学校が終わってから夜の11時までずっとダンスにのめり込んでて、年に2回くらいしか休んでませんでした(笑)

 ─年に二回は相当ですね(笑)じゃあ中学や高校は部活とかは?

YUI いやーもう全然帰宅部です。高校は一応TOEIC部の幽霊部員だったんですけど…なんのエピソードもないです(笑)


無償の愛


 ──高校の時留学していたと伺いましたが

YUI 小2の時にできた「観ている人を笑顔にする、世界一のエンターテイナーになる」っていう夢があったので、海外の文化とか価値観にすごい興味を持ったんですね。それで高校の時、学年で1人だけ全額奨学金をもらえる留学プログラムがあって、これは掴むしかないでしょと思って、それまでは勉強とは無縁だったんですけど、高1の時は英語とかすごい勉強して、その奨学金で留学行けることになりました。
でも留学は、初めて挫折を経験した場所だったんです。三大事件っていうのがあって(笑)

まず一つは、人種差別。イギリスのヨークっていうロンドンから2時間くらいのところに留学してたんですけど、学校で挨拶しても無視されてしまって。留学先が私立の名門女子校だったので、閉鎖的で、日本人だから受け入れてもらえないっていうのにへこみました。

二つ目は、その頃がちょうどイスラム国のテロが盛んな時期で、フランスのバタクラン劇場っていうところで銃乱射事件があって。実はその劇場は初めてヨーロッパの世界大会に出たときの会場で、すごい鮮明に覚えてたので、リアルに想像できちゃった分、かなりキツかったですね。

三つ目の事件は、1人で街中にいるときに、財布をスられたことです。カードとかも全部なくなっちゃって。この3つが重なる感じで起きたので、それまでどちらかというと自信があった自分に、色んな場面で辛い思いをして人間として自信をなくしちゃった感じがありました。

 ──逆に、行ってよかったことはありましたか?

YUI 辛かった経験があったからこそ粘り強くもなったと思います。あと、すごい視野が広がリましたね。世界大会とか以外ではずっと日本にしかいたことなかったので、長期間海外に滞在して違う文化とか価値観に触れ合ったことで本当に価値観が広がったなって思います。
無償の愛も学びました。学校とかで辛いことがあった一方で、ホストファミリーや、向こうのダンサーの人達の中にはすごく良くしてくれた人たちがいて、人との繋がりも増えて、無償の愛を感じられました。ダンスも、今までは海外の人とダンスで通じ合うことはできていたんですけど、どういう人なのかとかやっぱり言語じゃないと分からない深い部分を知れるようになったのは行ってよかったことです。

 ──ダンスやマインド面で、影響を受けた人はいますか?

YUI ダンサーとしての師匠は、まずTONY GOGOさん。Lock Danceを作った、The Lockersのメンバーの人。技術面で言ったら、音楽に対する感性とか、自己表現をどうすればいいかを教えてもらいました。もう1人師匠がいて、Spartanic Rockers佐久間浩之さん。佐久間さんは歩く辞書みたいな人で、ダンスをロジカルに読み解いて深く理解するっていうところですごい学ばせてもらいました。他にも、自分を解放するっていうところではYOSHIEさん(BE BOP CREW)、世界のダンスシーンを近くに感じさせてくれたHIROさん、海外だとLoic&Manuにはすごい影響を受けました。

あとは、マインド面だと、もう圧倒的に父。自分の父親にすごく影響を受けてて、ちっちゃい頃から自分のメンターでした。進むべき道が分からなくなったり迷ったりしたら父に気づきになるヒントを貰ってるっていう感じですね。自分が本気で思ってる夢なら、全力でサポートしてくれる人です。
他にも高校の恩師には、自分の転機となったイギリス留学や高校生時代に、たくさん背中を押してもらいましたね。

 ──そういう背景が、色々な活動に繋がってる気がしますね。TONYさんとは、どういう風に出会ったんですか?

YUI TONYさんはもうずっと日本に住んでて、うちのお父さんの考えで、ダンスを本気でやるならナンバーワンに習おうということで突撃しました。そこからとりあえずTONYさんを追いかけ回して、小5くらいの時に初めて一緒にショーケースに出れたんです。高二の時に、Original Lockers Master Award* っていうのをTONYさんにもらえて、やっぱり一つの目標であった存在に評価してもらえたのはすごい嬉しかったです。

*Lock danceを作ったThe LockersのメンバーであるTONY GOGO氏より送られる名誉ある称号


自分が分からなくなった機会も、自分を知るための経験だったと思える


 ──十数年間に渡ってダンスをやってきて、やめたくなったことは無かったですか?

YUI いやー死ぬほどあります(笑)元々ダンスを好きで初めて、ダンスで夢を持ってその夢のために目標を立てて頑張ってきたんですけど、高校生から大学1年くらいまで、“楽しい“だけではやっていけなくなっちゃったんですよね。その時は本当に辞めたくなりました。もはや、辞めようとしてましたね(笑)

 ──具体的にはどうして辞めたかったんでしょうか?

YUI 「観ている人を笑顔にする、世界一のエンターテイナーになりたい」っていう大きい夢の為に目標を立てようと思って、世界一になる為にはダンスで日本一、次に世界だなってなって、その過程で世界を知る為に留学したりとかやってきたんです。でも高2の時にSDKっていう世界大会で優勝した時に、一旦目標が叶って。そういう時期だったっていうのもあって、高校から大学1年くらいまでは暗黒時代だったんですけど(笑)自分が分からなくなっちゃって、目指すべきものが分からなくなっちゃって、ダンスが辛いものになっていったっていうのはありますね。

2015 SDK Final

 ──そういった悩みは、どのように解決していったんですか?

YUI その時代を乗り越えられた一番の理由は、自分自身を深く理解できたからだと思ってます。今何を目指して過ごしているのかとかが見えなくて、自分の持ってる夢が本当に心から思っている夢なのかとかそういうのをもう一回ちゃんと考え直した時に、また頑張ろうって思えました。大学で、自分を知ろうと思う機会や出会いがあったのも、よかったです。今となっては、自分が分からなくなった機会も、自分を知るための経験だったと思えるんです。

 ──なるほど。インスタグラムの投稿で、東京六大学ストリートダンス連盟(以下六大学)のメンバーに対して“変わろうと思わせてくれる”とあったのが印象的だったのですが、このメンバーたちも自分を知ろうとする出会いの一つでしょうか?

YUI もちろん。もちろんそうです。六大学は私にとって大きなチャレンジの一個で、人って自分の弱さってあんまり見たくないじゃないですか?私もずっとそういう人間だったんですけど、そうは言ってられない環境なんですよね、六大学って。だからすごい自分の弱さを人に見せてもいいんだなって思わせてもらったし、それを自分で理解できた場でもあるんです。だから素の自分としてみんなと付き合えてます。何より、友達でもあり仲間でもあるんですけど、戦友っていう感じなんですよね。『負けてらんないな、こいつらが頑張る限りは』って思います。

 ──お互いに高め合える間柄なんですね。その連盟で今年はYuiさんが会長に就任されましたが、六大学連盟は今、何を目標に活動しているんでしょうか?

YUI 六大学は、ダンサーの努力を可視化して世の中に伝えることをビジョンとしています。学生ダンサーは、貴重な学生っていう時間をすごい費やして頑張っていますが、まだまだダンサーの社会的な地位は低いなと思っています。でもダンサーは人を魅了する力も、協調性もすごいあると思っているので、人財としての価値を伝えていきたいです。上半期の方針はこの状況下でもサークルの子たちが一年間悔いなく楽しかったと思ってもらえるように、サークル支援をやっていく感じですね。
例年開催している年度末の全日本大学ストリートダンス選手権では、北海道から沖縄までを巻き込んだものにしたくて、全日本連盟のようなものを作っている最中で、そういう意味で六大学として、すごく大きな一年になると思ってます。コロナでダンス早慶戦とかのイベントが中止になってしまったり、例年通りいかないんですけど、ピンチはチャンスというか、その中でも考え方を変えて、皆んなの頑張りを発揮できる場所をどうにか提供したいと考えてます。

 ──なるほど。六大学では学生シーンに焦点を当てた活動をしていますが、学生ダンスシーンに対して思うことはありますか?

YUI いちダンサーとして思うのは、ダンスを楽しめないっていう悩みがあったからこそ、学生ダンスの全力で一生懸命努力して、何よりも楽しんでいるところに刺激を受けてます。この心を忘れないようにしようと思わせてくれます。
同じ学生ダンサーとしては、サークルとか大きな組織で皆1人1人が同じ目標に向かって動いているのは本当にすごいと思って、リスペクトしてます。
ダンスは自己表現なので、何が自分の個性で自分のダンスかっていうのはどれだけ自分を内観できるかが大事だと思ってるし、そこは自分がいまだに時間をかけてやってるところでもあるんですけど。学生って学業とか色々両立しながら、自分を知る努力とかもしてるのは、さすがだなと思います。

 ──サークルでいうと、立教大学のD-mcに所属されていますが、入った理由は何かあったんですか?

YUI 中学の時組んでたONPARADEっていうチームのKyokoちゃんと、小さい頃から同じスタジオで一緒に踊ってた先輩のU-KI the retro君がいるってことで、2人がいるなら入りたいってなったんです。高校の時は大学に行きたいと思ってなかったんですけど、六大学ストリートダンスリーグを見た時に名前がカッコ良かったのと、六大学リーグで踊ってみたいと思ってD-mcに入りました。

 ──チームで活動されてるRevetyはいつ結成されたんですか?

YUI 大学一年生の時です。

 ──大学一年生というと、さっき言ってた悩んでた時期だと思うんだけど、どうして組むことになったんですか?

YUI 相方のTAKARA君が同じ目標持ってたんです。元々、Juste Debout(世界大会)のファイナルで踊るのがずっと夢で、同じ目標があったからこそ、それがダンサーとしても頑張ろうっていうきっかけにもなっていきました。でもJuste Deboutが今年で終っちゃって。目標が失くなったけど、違う形で頑張ろうとは思ってます。


夢への挑戦 

それを支える3つの価値観


 ──個人としての、今後の展望は?

YUI「観ている人を笑顔にする、世界一のエンターテイナーになる」っていう夢が変わってないので、やっぱりそこを実現させたいです。今後は大学卒業後は一回就職しようと思ってます。人を笑顔にするツールはダンスだけじゃないと思って、だからこそそれを発見するために留学、大学、六大学をやってきたので今後は違う方面からもアプローチして挑戦していきたいと思ってます。今まではダンスを軸にやってきたけれど、今後はそれを活かすためにも、違う軸、違う世界を見て、自分が社会に貢献できる手段を増やしたいと思ってます。

 ──プロダンサーになる選択肢はなかった?

YUI それはすごく考えてました。ちょうど一年前、三年生になりたての時に自分の中で迷いがあって、どこで迷っているのかを知ろうと思って休学したんです。その休学期間でとにかくダンスを全力で頑張ってみたので、今は自分の新しい可能性に挑戦したいという気持ちの方が強くなっています。

YUI それまでは、大学行きながら、ダンサーとしての仕事をして、ダンサーとしての活動もしてっていう生活がルーティーンというか、こなす感じになって来ちゃってて、考える時間がなかったから迷っていたと思うんです。でも一回自分のことを知りたかったし、学校もダンスも中途半端になっちゃってたので、一回学校で学ぶ価値も、自分自身のやりたい事も再確認したいと思って。そういう過程があって休学してました。
中学生ぶりに毎週大会に出て、沖縄であったGroovelineっていう大会で優勝したり、紅白歌合戦に出ることが夢だったんですけど、紅白に縁があって出させていただけたりして、全力で打ち込んだからこそダンスでモヤモヤしてた部分も解消されました。そして、「よし、これからは自分の人間力を鍛えよう!」と思って六大学に入って、復学したという感じです。

 ──大切にしている価値観は?

YUI 上から目線の挑戦者で居続けることです。私は常に成長思考を持ってチャレンジしたいタイプなんですが、バトルとかの競う場になると実力差のある相手に遠慮しちゃうことがあります。なので、相手が誰でも遠慮せずプライドを持って怖気づかずやるって意味で上から目線。そしてどんな相手でも全力っていう意味で挑戦者。これは何事に対しても大切にしている意識です。

あとは、小さな勇気を持つ事。何かに挑戦する時って結構怖いし、それは自分の小さいプライドから来てると思うので、どんなことでも小さな勇気をもって頑張るっていうのはやってます。

最後に、やっぱり楽しむことです!どんなに辛い試練でも、それを乗り越えた時の喜びとか達成感を分かってるから諦めないで、楽しむっていうのを忘れないようにしてます。今までの人生は、楽しんでやってこれてる気がします。


カルチャーとは、進化


 ──注目している同世代の人はいますか?

YUI 福田響志(なるし)君。小さい時からのお友達で、今はニューヨークを拠点に、プロデューサーとか振付師とか翻訳とかで多方面に活躍してるんですけど、持ってる価値観、経験値、あとは溢れ出る人間力が本当にすごいんです。時代を作っていく1人だと思ってます。
あとはやっぱり、東京六大学ストリートダンス連盟のメンバーですね。意識してます、かなり(笑)すごい向上心と成長力なので、負けてられないって思わされます。

 ──最後に、我々は“カルチャー“に焦点を当てていて、全員に伺っている質問なのですが、Yuiさんにとってカルチャーとはなんですか?

YUI 今の私にとってはダンスカルチャーが当てはまると思うんですけど、どんなカルチャーでも素晴らしい要素がたくさんあって、それを引き継いで、取り入れて、後に繋いでいくというだけでなく、進化させていくことが大事かなと思ってます。師匠のTONYさんが常に進化し続けている背中を見せてくれているからこそ、古き良きものを進化させていくというのが私にとってのカルチャーのあり方です。ダンスに関しては、これからはプロダンサーに比べたらダンスへの関わり方は変わってくると思うんですが、1人のダンスを愛する人間として、その気持ちはずっと忘れたくはないと思ってます。

 ──ありがとうございました。

常にダンスシーンで注目を浴びてきたYUI。これから違うフィールドに足を踏み入れても、そのバイタリティで活躍することは間違いないであろう。大きな夢を天真爛漫に語る彼女の行動は全てが力強く、彼女の哲学にはダンスだけではなく、人生を楽しむヒントが隠されている気がする。

<FIN.>

取材・構成 Charlie Ohno
アシスタント Taiki Tsujimoto, Nozomi Tanaka, Shun Kawahara

※コロナウイルスの影響で写真撮影が困難だった為、写真は全てYUIさんに提供して頂きました。