【Nerd’s Records】#3  押井版『攻殻機動隊』に見る自己

【Nerd’s Records】ナーズ=レコーズ
誰しもが持っている好きなものへの知識欲。
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 今回のナードは、近現代美術とアニメーション映画が好きな1998年生まれの社会人1年目。4月より現代アートギャラリーに入社。
 押井学監督によるアニメーション映画2作品『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)とその続編『イノセンス』(2004)のあらすじを振り返った上で、「人間を『人間』たらしめているもの」そして「私たちを『私たち』たらしめているもの」について考察を行っている。科学が発展し、AIやロボットが台頭していく中で必ず直面するこの問題。このコラムを読みながら自分はどう考えるか、是非思考を巡らせてみてほしい。


攻殻機動隊は、士郎正宗によるSF漫画作品『攻殻機動隊』を原作とし、今日まで様々な監督により映画化、テレビアニメ化されてきたSF作品である。2017年にハリウッドでGhost in The Shellとしてルバート・サンダース監督のもと実写映画化されたことで話題になったことが記憶に新しいだろう。今回の記事では、押井学監督によるアニメーション映画2作品『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)とその続編『イノセンス』(2004)を分析し、押井が表現している「自己」について考察していく。

1攻殻機動隊とは

『攻殻機動隊』シリーズは、初見殺し作品として少々定評がある。どのシリーズも設定について詳しい説明のないまま淡々と物語が進んでいくため、予め知識を入れて鑑賞しないと攻殻機動隊を完全に理解することは難しいのだ。そのため、初めに少々攻殻機動隊の世界における設定について述べたい。

そもそも攻殻機動隊とは、シリーズ通して中心に置かれている組織・公安9課の俗称である。公安9課は非公開の内閣直属防諜機関・対テロ組織で、設立者・荒巻大輔の言う、「犯罪に対して常に攻性な組織」である通り、犯罪の防止・抑止を目的としているため超法規的な権限を持っている。そして知能を持った戦車を用いることから、戦車という”殻”に乗って闘う”攻”性な組織という意味で攻殻機動隊とも呼ばれているのだ。

攻殻機動隊の世界は科学技術が飛躍的に発展しており、人間の義体化―四肢だけでなく内臓含め身体のあらゆる部分を機械化することや、電脳化―脳の神経にデバイスを接続し脳を媒体としてインターネットに繋ぐことが当たり前になっている。キャラクターたちが口を開いていないのに会話をするシーンが作中に見られるが、このような設定が背景にある。そして科学の発達に伴い人間とAI、アンドロイド、サイボーグが共存している社会となっているため、攻殻機動隊においては基本的に人間VS科学の構図が浮かび上がる。

2『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』あらすじ

押井守監督による1995年の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』が、攻殻機動隊初めての映像化であり、漫画の1巻を原作としている。冒頭の草薙がビルから後ろ向きに落下するシーンが印象的な作品であり、ラリー・ウォシャウスキー監督による『マトリックス』(1999)はこの作品から多大な影響を受けていると言われている。

脳以外を義体化した全身サイボーグの草薙素子、通称少佐を中心に据えた公安9課のメンバーが、「人形使い」と呼ばれる天才ハッカーを追うというのが大枠のあらすじである。

3知的生命体と知的情報体

 作中で「人形使い」の正体は意思を持ったプログラムであることが発覚する。実体を持つ知的生命体と実体を持たない知的情報体(AIなど)が共存する世界において、「人形使い」のように、知的情報体が意思を持った場合に知的生命体は生命体である必要はあるのだろうか?このような疑問はディストピア系のSF作品で頻繁に問われており、実際に本作でも脳以外を義体化している少佐は、自らを思考する機会なのではないかと疑問を持っている。しかし、この問いに対する「人形使い」の答えはイエスだ。知的情報体は意思を持ったとしても、人間のように下の世代を残していけない。例えば人形使いのコピーを作ったところで、そのコピーはオリジナルに比べて劣化していく、と主張している。

 意思を持った知的情報体は、知的生命体よりも合理的で効率的な判断ができるのは近年よく主張されている。一方でデータベースが全ての世界で合理的な判断をするため、クリエイティブな側面では知的生命体の能力を大きく下回る結果もしばしば見られる。しかし攻殻機動隊の世界において知的情報体が元にするデータベースは電脳であり、電脳は知的生命体である人間たちと共有されている。つまり、合理的な側面だけを見ると、攻殻機動隊の世界において知的情報体というのは知的生命体の完全な上位互換であると考えられるだろう。

 物語終盤で、知的生命体の上位互換、そして政府からも危険視されている知的生命体―「人形使い」が、上記の理由から知的生命体である草薙と融合したいと訴える。これは「生命」と「情報」の決定的な違いと密接に関係している。

4人間を人間たらしめるもの

 この作品は、「人間を人間たらしめているものは何か?」という問いが一貫して提起されている。人間の完全なる上位互換と思われていた「人形使い」は人間と融合するという希望を持っており、脳以外を義体化し、自分の身体に実感を持てない草薙は自らを思考する機械であると疑心する。限りなく人間に近い情報体と、限りなく機械に近い人間の両者が存在する世界で、何を持ってして「人間」「機械」と定義づけるのか。私はこの答えをあえて明確にするとしたら、「遺伝子」なのではないかと思う。

 人間が子孫を残す時、父親と母親の遺伝子を半分ずつ受け継いだ子供が生まれる。つまり、その子供は全く新しい生命であり、この世に同じ人格を持つものは一人としていない。おそらく一生具体的に意識することのない「遺伝子」という情報があることで、私たちは自らを「人間である」と自覚しているのだ。一方で意思を持った情報体が子孫を残そうとしても、結局意思を持とうが親はインターネット上のデータであるため、生まれた時点の子供の人格は親のコピーとなる。この物語は、草薙素子が電脳ネットワークと融合して幕を閉じる。「草薙素子」と認識されていた身体を捨て、実体を持たない電子の海へと旅立っていった。「人形使い」が間接的に遺伝子の役割について主張し鑑賞者にその真意に気づかせることで、作中幾度も自身のアイデンティティに悩んでいた彼女への、「遺伝子を持っている限りあなたは人間であることは変わらない」というメッセージになっていたのではないだろうか。

 本章冒頭で「あえて明確にするとしたら」と述べたのは、人間を人間たらしめるものが「遺伝子」であったとした場合、クローンはどのような存在なのだろうか?知的生命体と同じ遺伝子を持つクローンにとってのアイデンティティは?そして、彼らは果たして人間と言えるのか?遺伝子も生命体の一要素の過ぎないのではないか?といった疑問が生じてくるからである。伊藤計劃の『ハーモニー』は前者を、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は後者をそれぞれ代弁しているように思うが、それはまた別のお話。

話を戻そう。この新しい疑問に対して、1995年版攻殻機動隊の続編として製作された、同じく押井監督の『イノセンス』(2004)が答えのヒントを投げかけているのではないかと思う。次章からは『イノセンス』について分析していく。

5『イノセンス』あらすじ

 『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の続編である本作は、前作から3年後が舞台で、草薙素子が失踪扱いとなった公安9課のバトー、トグサを中心に物語が進む。タイトルに「攻殻機動隊」が入っていない珍しいパターンであり、前作よりもSF色が弱まり、ミステリ作品としても楽しめるようになっている。9課が追い詰めた少女型のセクサロイドの電脳に「タスケテ」と繰り返す少女の声が残されていた事件を皮切りに、個人の電脳をハッキングして幻想を見せるハッカー・キムや少女型セクサロイドの製造元であるロクス・ソルス社の企みを追う、というのが大枠のあらすじである。

6人間と人形

 物語終盤、セクサロイドに残されていた「タスケテ」という声は、ロクス・ソルス社に囚われていた人間の少女のものだと判明し、子供のゴーストー自分を自分たらしめている自己や自我、を人形にダビングー人形にゴーストを入れ込むこと、して文字通りの「生きた人形」を生み出していた事実が明かされる。前作は人間と機械の境界線がテーマだったが、今回は人間と人形の境界線を問いかけている。公安9課の面々を始め脳以外のほとんどすべての臓器を義体化された人間と、人間の意識を持つ人形。子供達のゴーストがダビングされた人形は遺伝子を持ないクローンのような存在であり、この存在が前作で解決しなかった疑問へと繋がる。

 本作では、無垢な子供達のゴーストがダビングされた少女型セクサロイドが様々な犯罪を犯す。しかしそこには人間の意思が介入しており、セクサロイド自身の意思で行動を起こしたわけではない。そして「ダビング」という言葉通り、定義上はクローンと同等でもセクサロイドは結局ダビング元の子供のコピーでしかない。確かに意思を獲得したが、彼女たちは「人形使い」の主張した劣化コピーと対して変わらないのだ。また、囚われていた子供達が泣きながら発する「人形になんかなりたくなかったんだもの」というセリフには人形に対する確かな卑下の意識が現れている。つまり、本作において自己を持った人形は人間の都合の良いように利用されており、ほとんどクローンといっても過言ではないセクサロイドであっても、前作で「人形使い」が夢見たようなオリジナルの自己を持つことは叶わなかったのである。

 クローンやAIは科学によって生み出される。この作品では、科学によって生み出された生命体は、それがたとえ「人間」と定義づけられるものであったとしても人間と同じ生活を望むことは許されない、という現代にも蔓延している風潮を指摘しているように感じられる。

7子供は人間か?

 作中、検視官に「子供は常に人間という規範から外れてきた。つまり確立した自我を持ち、自らの意思にしたがって行動するものを人間と呼ぶならばね。では(中略)子供とは何者なのか。明らかに中身は人間とは異なるが、人間の形はしている。(中略)女の子は決して育児の練習をしているのではなく、むしろ人形遊びと実際の育児は似たようなものなのかもしれない。(中略)つまり子育ては、人造人間を作るという古来の夢を一番手っ取り早く実現する方法だった。そういうことにならないかといっているのよ」と言われ、これに対してトグサが「子供は人形じゃない!」と否定するシーンがある。非常に印象的なシーンの一つであるが、上で述べた通り、囚われていた子供は「人形になんかなりたくない」という明確な意思の元で行動していた。よって検視官のいう「人間」に子供は含有されているが、子供の意思は無垢で純粋なあまり、時に社会常識が備わった人間の予想を超える結果をもたらすことがある。本作の結末も大人の予想を超えた一例である。そういった意味で「子供は人間だ」と断言できないのかもしれない。『イノセンス』というタイトルは、この子供の悪意なき悪意を含有しているのだろう。

8引用の役割

 『イノセンス』は、押井が語っている通り古典からの引用が約7割を占めている。実際鑑賞していると、哲学や文学、宗教など様々な文献からの引用が嫌でも目につく。中でも印象的だったのが、臨済宗大應派の僧・月竜宗光『花鏡』の一説“生死去来 棚頭傀儡 一線断時 落落磊磊” である。「糸を切れば操り人形が崩れ落ちるように、生と死は絶えず繰り返される」という意味のこの引用は物語後半で度々登場する。

 電脳世界とは、究極的にいってしまえば言葉によるコミュニケーションなしで成り立っている世界である。押井は本当なら10割引用で作りたかったと語っているが、遠い時代を生きた先人たちの言葉だけをキャラクターに喋らせるということは、まさに自分の言葉を必要としない電脳世界そのものを表そうとしたのではないだろうか。

 余談であるが、本作で印象に残る少女型ロボットのデザインは、シュールレアリスムの人形作家ハンス・ベルメールの球体関節人形を模している。シュールレアリスムはフェティシズムに迎合している思想であり、また上記で述べた子供のくだりの鍵になる知的リアリズムとも関わりが深い。そのような背景を頭に入れておくと本作をさらに楽しめるかもしれない。

9私たちの「自己」

 これまでの話をまとめると、人間を人間たらしめているものは、遺伝子、そして生みの親という人間であるのかもしれない。幾多の先祖たちによって今自分たちは生命を与えられており、人間から産み落とされた人間、という生命体として完全に同質である事実が無意識のうちに重要視されているのではないだろうか。

 そして、結局私たちが「わたし」であるためのものというのは、感情の所有なのだと思う。「人形使い」は生命体と融合したいと望み、セクサロイドはただ指示されるままに行動していた。しかし草薙素子を始め、バトーやトグサなど公安9課は、作中何度も迷い、悩み、泣き、喜んでいた。「人形使い」やセクサロイド自身の欲が見えることはあったが、感情が見えるシーンは一度もなかったように思う。私たちが私たちであるためには、自分の価値観で物事を判断し、それに伴って様々な感情を抱くことが必要不可欠なのかもしれない。それが「人間らしい」と悪い意味で揶揄されることもあるが、自分の価値観でものを判断すること自体、「わたし」という自己を持っている証であり、わたしをわたしたらしめている確固たるものとなっているのだ。

10シンギュラリティへの警鐘

 最後に、この作品の驚くべき点に触れて結としたい。攻殻機動隊は原作の初出が1989年、初めに映画化されたのが1995年であることは先に述べた通りだが、その時代からAIやロボットの台頭を予測し、それに対する人間の行動に警鐘を鳴らしていたのだ。押井や士郎は約30年前にシンギュラリティの片鱗を見ていたと考えると、SF作品が「フィクション」でなくなってしまう時代もそう遠くないのかもしれない。

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