【PERSONAL FILE】Photographer/Videographer Issei Kimura ルーフトップから始まったストーリー

インタビュー photographer/videographer issei kimura
2016年からフリーランスとしてキャリアをスタートし、ディレクターやカメラマンとして様々なMVやCMの制作に携わる。MicrosoftやNBC universal,Audi Japanや川崎市など多岐に渡るジャンルの企業やブランドとコラボを行うフォトグラファーとしての顔も併せ持つ。Instagramのフォロワーは3万人を超え、投稿には国内外を問わず各地の絶景が並んでいる。今回はそんな彼に現在の活動を始めるまでの経緯や大切にしているポリシーなどを訊くことができた。


やりたいことだけで生きていける


 ──初めに自己紹介をお願いします。

Issei 木村一星です。東京で映像とか写真を制作してます。

 ──現在の活動を教えてください。

Issei メインは映像で、CMとかMVを仕事で作らせていただいています。写真はInstagramでの発信がメインで、自分が行きたい所に旅行して景色を収めて投稿することが多いです。元々はストリートとかポートレートも撮っていたんですけど、最近は風景の写真が多いです。

 ──Instagramを拝見してクオリティに驚いていたのですが、MVやCMも制作されているのですね。

Issei 仕事としてはそういう商業的な映像がメインですね。

 ──個人でやられているのですか?

Issei フリーランスでやっていて、自分がディレクターの場合もアシスタントの場合もあります。個人でやる規模のものもあれば、制作会社や良くしてもらってるディレクターさんと一緒にやらせてもらうことも多いですね。

 ──現在の活動に至るまでの経緯を教えてください。

Issei トリッキングをやっていて、その前はパルクールをやっていました。中学生の時から始めていたのでもう10年以上経つんですけど、その頃にできたYouTubeで海外のパルクールやトリッキングのトップアスリートがあげている動画を見ていて。自分と僕の練習仲間も一緒にそういう動画を出したいなと思って、デジカメとかで最初撮り始めて。練習風景やライフスタイルを撮って、簡単にムービーメーカーで編集して投稿したところから始まって、のめり込んでいったんですね。

 ──遊びの延長で始められたのですね。撮影や編集は独学で学んだのですか?

Issei なんとなく映像を職業にしたいなと思っていたので関連する学科に行って授業を受けたんですけど、物足りなくて2年生の時に大学を辞めたんです。その時にまずadobe等の映像編集、写真編集のソフトを友達に教えてもらいながら勉強しました。その後はAfter EffectsでCGを半年間勉強しながら沢山作って、次の年度に仕事を始めて。最初は業務委託契約で制作会社に入らせてもらって、CGの仕事をしていました。そこからCGの仕事をメインにしつつ制作業務、いわゆるADとかそういう仕事も一緒にやって。そしたら映像の現場にも行くことが多くて、制作部として行くので映像の制作過程の全般に業務があったので映像の最初から出来上がりまでを見て学べました。
制作部としてそうやって学んでいたんですけど、最初はYouTubeで自分のスポーツを撮ってあげていたのが始まりだったんで、やっぱり撮影もしたいなと。だから徐々にCGや制作ではなくて撮影の仕事を受け始めました。最初は末端のアシスタントから始めて、だんだんとカメラを持たせてもらったり、自分でディレクションするようになったり、小規模・中規模の案件は自分一人で回したりっていう形になっていきました。

 ──仕事として実地を交えながら勉強されたのですね。Instagramは仕事とは全く別なのでしょうか。

Issei Instagramは働き出してから始めたんですよ。当時できたばかりのInstagramで海外のインスタグラマーやフォトグラファーが、ルーフトップで写真を撮ってあげるのが流行していて。一方で、パルクールのアスリート達には、地上で練習したことをルーフトップみたいな危険な場所で実践しても普段と変わらずできるというのを確認するカルチャーがあって。そこまで大層なものではないんですけど、自分たちも練習仲間で一緒に屋上に上ってたんですね。屋上に上った時にケータイで写真や動画を撮ることもありました。だから、Instagramで当時流行していたルーフトップの投稿を見て、映像を撮るために買った一眼レフのカメラも持ってるし、せっかくだからそれを持って屋上に上がろうって思って。そこから写真を撮り始めたんですよね。

 ──写真の方が映像よりも後だったんですね。

Issei 時系列でいったら、メインの映像の仕事を始めて1,2年目の頃にInstagramにハマっていって、Instagramやパルクールきっかけでルーフトップの写真を撮り始めました。後は、ファッションも好きだったので、それもストリートで撮っていました。新しい服を買ったら、インスタ映えスポットみたいな所で撮るとか。そういうルーフトップやファッションシュートから写真を始めて、ハマっていったんです。他にもポートレート、景色の写真といった色んなジャンルの写真を撮ってコンスタントにInstagramに投稿していって、現在はフォトグラファーと名乗るまでに至りました。

 ──好きな事とかやりたい事を突き詰めていったら今に至るということですか?

Issei そうですね。映像に関しては職業っていう意識もあったんですけど、写真は趣味、遊びだったのでここまで高じるとは思っていなかったです。CGから入って制作も撮影もやって、色んな映像で色んなパートがある中でそれぞれを働きながら学ぶことができて。それと同時に写真もやっていたので、マルチな技術を身に付けることができたのかなと。それも僕のクリエイターとしての特徴の一つになるかなと思っています。
今は働き始めて5年目なんですけど、制作会社で働き始めてInstagramも始めた1年目から今の状態は想像していて。最初から雇われることは考えていなくて、フリーでやっていくに当たって柱を2つ持ってやっていたんですよね。日本の映像業界で実績を積んで実力をつけていくという部分と、Instagramで作品を発信して自分のスタイルに共感してくれる人、フォロワーを増やして知名度をあげるという部分。実力と知名度を同時に伸ばしていこうと思ってました。

 ──フリーでやっていくのには相当な決断が必要だったのではないでしょうか。

Issei フリーでやっていく事に関しては何の呵責もありませんでした。アーティストとして活動する、自分の芸術を発信するっていうのも改まって胸に刻むでもなく子供の頃から思っていた事で。学生時代からのポリシーで、「やりたくない事は絶対やらない」って決めていたんですよ。親とか学校の先生に言われた事もやりたくなかったら絶対に聞かないという強い信念がありました。それで言うと、雇われて誰かに使われるということ自体に違和感を覚えていたので、やっぱり自分の力でやっていこうと。今は世の中がフレキシブルになって、雇用されている場合でも言いなりになるっていう訳ではないと思うんですけど。
このポリシーを貫くと目の前にやりたいことしか残らなくて、やりたいことをやるだけで生きていける。自分の力が至らなければ食いっぱぐれるだけだし、自分の力で切り開くことができれば上手くやっていけるし。もちろん人の力もお借りしているんですけど、個人でやっていくっていうのは自然な事でした。ずっと走り続けているだけです。


磨いたコミュニケーション


──転機となった出会いはありますか?

Issei 色んな人と出会ってきたんですけど、仕事でもプライベートでも、アーティスト・クリエイターとしての出会いでも一番大きいのはKohkiですかね。同い年のフォトグラファーで、オーストラリアで新聞の一面に載るくらいやんちゃしてたみたいです。彼が2016年の頭に東京に帰ってきた時に僕に連絡をくれて、出会いました。当時、僕が活発にルーフトップを巡っていて、Kohkiがその写真を見て一緒に撮ろうって連絡してきて一緒に撮り始めて。同い年で、ルーフトップに限らずクリエイティブに関して近いものがあったし、他の趣味も合ったので意気投合して。それからずっと一緒に撮りに行ったり仕事をしたりとかする仲で。彼と出会ったことで海外から訪れるフォトグラファーとかモデルとも出会えたし、2人じゃないとできないことも結構成し遂げてきました。僕ら2人が集まってどっかで何か撮ればそれがInstagramでバズるみたいなところもあって。

 ──活動を通して学んだ事を教えてください。

Issei 初歩的な話なんですけど、人とのコミュニケーションです。子供の頃からエキセントリックな性格だったので人とぶつかることも多かったですし、コミュニケーションに重きを置いてなかった部分もありました。でも、Instagramや仕事を通じて色んな人と出会っていく上で人とのコミュニケーションを磨く必要性を感じたんですよ。
後は、スポーツや写真を通じて海外の人と出会ってコミュニケーションをとる過程で英語も磨く必要があって。Kohkiもハーフで、日本語より英語の方が得意で。彼と一緒に会う海外の方はみんな英語で話すので、英語で話す機会の方が日本語で話す機会よりも多い期間が長くて。働き始めて3年目からはInstagramもそこそこ伸び始めて、受ける仕事の半分くらいは海外からになりました。もう5,6年はずっと英語を話し続けて、座学も続けています。仕事を通じて英語のコミュニケーションは大切だなって。当たり前のことなんですけど、肌で感じた事です。

 ──作品作りや人生において影響を受けた作品やカルチャーはありますか?

Issei 映画もたくさん観ますし色んなジャンルの音楽を聴くし、インプットは沢山しています。母がブラックミュージック好きで、自分も3歳からヒップホップを聴かされていました。中学生くらいの頃から日本の音楽も聴いて、電子音楽やダンスミュージックも聴くようになって10年くらい経ちます。MVもそうだし、音楽そのものからのインスピレーションも大きいですね。映像・写真という視覚化される作品に関しても、音楽を聴いて生まれたアイディアや音楽を聴きながら構築したアイディアが沢山あります。そういう意味では色んなインプットの中でも特に音楽が強いですかね。写真に関してはInstagramでリスペクトしているフォトグラファーをフォローして作品を拝見しています。CGに関しても色々なCGデザイナーの作品、モーショングラフィックスも見ていますし、コンセプトアートとか3Dの壮大な世界観の作品も好きで見ています。マルチなスキルを磨いてやっていかなきゃいけないのでそれぞれの分野に応じたインプットがあるという感じですね。

 ──映画を観る時にも構図とかが気になるんですか?

Issei 構図もそうだし撮影技法が気になりますね。今のシーンどうやって撮るんだろう、とか。カットの組み合わせも監督のセンスだし、タイミングとか緩急・リズム感もそうだし。結構トリッキーな撮影の仕方とか、躍動感のある撮影の仕方もすごく好きなので、人の作品を見て真似をしたりしてますね。

 ──映画を観る時にストーリーよりもそっちが気になってしまう、ということも?

Issei 気になっちゃうって程ではなくて、ストーリーを考えるのもディレクターの仕事だからもちろん全部みてます。MVも映画もそうなんですけど、全体をみて刺激になるって感じですね。

 ──大切にしている価値観や座右の銘はありますか?

Issei  2019年に目標を2つ決めたんですよ。1つが人を見下さない事。もう1つが人になるべく会う事。この2つが自分には足りていなくてスランプに陥ってしまいました。2018年の終わりごろから2019年の5月ごろまで一切働かずに、Instagramの更新も一切やらなくなっちゃって。その前の夏に稼いだお金だけで食いつないで、ゲームしたりNetflixをみてるだけの生活を半年間して、家にこもって誰とも会わないんですよ。その時に自分を見つめ直して、軽視していたことを顧みてちゃんと肝に銘じ直しました。この2つがとても重要で、できてなかったから自意識過剰になったり自分の実力に驕りがあったりして、その反動で落ち込んでしまったんですよね。

 ──今は復帰できているのですか?

Issei  お金が無くなったからまた働き出さないといけなくなって、2つの新しいルールを肝に銘じて働き始めました。そしたら2019年の後半にかけては色々な面で上り調子になって。食事でも何でもいいんですけど色んな人となるべく会おうとすると、色んな繋がりが生まれて新しい事を知ったり、新しい可能性が生まれて新しい事が始まったりするようになって。自分が無関心だった人でも自分ができない事をできたり、自分の知らないことを知っていたり、何か得意なことがあったり、リスペクトできる部分が必ずあるんだなと思って。結果的にこの2つのルールが自分を良い方向に向かわせたんですよね。それからはコロナの分を考えなければ、復帰してからずっと調子が右肩上がりです。今もこの2つのルールはもちろん継続していて。まぁ人として当たり前のことなんですけど。
やっぱり自分一人の力で切り開いていかなきゃいけないっていう信念の下だと、他人をちょっと軽視してしまっていたんです。「自分の力さえあれば上手くいく」「自分一人でできれば自分だけは上手くいく」という気持ちでやっていると、自分がダメになった時に一人で崩れちゃうんで、それが一番の学びであり気づきですかね。


ストーリーテラーとして


 ──今後の展望を教えてください。

Issei 今年はコロナがあって旅行ができなかったのでコンテンツがあんまり作れなくて。Instagramはトラベル系のコンテンツがメインなので活動が下火だったんですけど、海外旅行ができるようになったらコンテンツを作れるかなと思っています。後はYouTubeですね。まだ全然ちゃんとやってないんですけど、来年はやっていこうと。Instagramは写真のプラットフォームだし仕事の映像はあげていなかったんですけど、そういうのも含めてちょっとYouTubeやろうかなって。

 ──InstagramとYouTubeをメインに?

Issei 他にも、法人化に向けて準備を進めています。今は一人でやっているんですけど、これからはディレクションする立場になっていきたいなと思っていて。自分だけじゃなく色んな人と協力して作った方が大きい規模の物を扱えるし、一人では手が回らないものももっと沢山回せるので、そういう形にシフトしていきたいなと。そのための準備も、フルに働いているとスケジュールが割けないんですね。法人化したら映像や写真以外のこともやっていきたくて。そういう新しい挑戦は0から始まる事なので新しく勉強し直さないといけないんですけど、その勉強の時間も働き詰めだととれないし。働く時間を半分くらい減らして、確保した残りの時間で次のステップの準備とか自分のコンテンツ作りに割きたくて。今はそういう風に考えていますね。

 ──作品として出したいものや作りたい世界観はありますか?

Issei Instagramは東京に拠点を置いたフォトグラファーが撮っている写真の羅列にはどうも見えない、唯一無二の世界観にしたくて。だから海外の写真や東京を離れた場所の写真をメインで入れたいです。後は自分を映すのが一番カッコよく撮れちゃうなと思っていて、結構自分をフレームの中に入れます。日本には全然浸透してない考え方なんですけど、映像とか写真に自分を映すのって自分が見た景色とか自分の感じた事を伝えるために自分を主役にしているんですね。英語で言うとストーリーテリングをしていて、自分のことをストーリーテラーって名乗るんですよ。フォトグラファー、ビデオグラファーっていう職業の肩書とは別で、生き方ですよね。それを日本人でやっている人はあんまりいないから、僕のInstagramはそういう風にしていきたいなってずっと思っています。

 ──IsseiさんにとってInstagramはストーリーテリングの場なんですね。

Issei ルーツであるスポーツ、ルーフトップでの撮影からストーリーテリングは始まっていて、自分のライフスタイルとか生き様をそのまま映して伝えるのが僕のコンテンツなんですよ。僕の目で見た景色=僕がそこに映っている景色を出すのが主になります。写真とか映像も、自分の信じてるアートとか自分のストーリーを伝える、ビジュアライズされた媒体として適しているだけです。常に自分の人生の主役は自分じゃないですか。SNSが発達した現代で自己発信していくのに一番適切なのが映像・写真で、コンテンツとして載せやすいのは自分が旅行した場所で見た絶景とかになってくるんで。そういう自然な流れでInstagramの世界観はでき上がっています。


自分を育ててくれたカルチャー


 ──Culture University TOKYOは「イケてるとはなんだろう」という疑問をテーマとして掲げています。あなたにとってイケてるとは?

Issei イケてるのかダサいのかって色んなカルチャーに即してると思うんですよね。イケてるのかどうかっていう基準って、人が作っているカルチャーの傍らに存在している概念じゃないですか。わざわざ決めなくてもいいのにそれがあるっていうのはつまり、感覚として優劣が決まっているだけであって。人の言葉を借りるのであれば、本物かどうかですよね。その人・物が本物かどうか。
ストリートで言ったら、その人の生き様はそれしかなかったっていう。嘘をついたり誰かに影響されたり、流されたりしてやってきた事ではなくて、その人のストリートでの生き方はそこにしかなかったっていうものだったら本物じゃないですか。その人が何をしていても、そういう人が表現しているものはイケてる。トレンドの物って過ぎ去ればダサいって言われるんですけど、そのストリームラインとは全く別の所で流行り廃りとは関係なくそれを貫いてる人でイケてる人はいるじゃないですか。
オーバーグラウンドの物はそこまで感度が高くない人からもイケてるかどうかを判断されちゃう。つまり流行ってたらイケてるってみんな思うし、流行りが終わればイケてないって思われる。オーバーグラウンドの物ってそういう風に表面的な評価をすぐ下されちゃう。
後は、見た目がかっこいいかどうかっていうのは、イケてるイケてないとはちょっと違いますよね。見た目は好みだと思うので。

 ──最後に、あなたにとってカルチャーとは?

Issei 自分を小さい頃から育ててくれたカルチャーがいくつもあって、3本の柱としてそれを言うとファッションと音楽とスポーツなんですよ。父親が元々プロのスポーツ選手だったということもあって、スポーツをやるからにはそのスポーツを盛り上げるつもりでやっていました。芸術に対する情操教育も熱心な両親だったので、小さい頃から音楽を聴いていて。服も好きになって、好きなブランドのルーツとかデザイナーの生き様にも惚れ込んでそのブランドを購買するとか。それぞれのカルチャー、音楽とファッションとスポーツが僕のルーツであり、人生を盛り上げてくれた3つの柱なんですよ。だから、僕にとってのカルチャーはその人生の柱ですね。

 ──ありがとうございました。

取材・構成 Tsukasa Yorozuya
撮影 Shun Kawahara 

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