【PERSONAL FILE】Painter NAOHIRO YOSHIDA 気韻生動で極まったアーティストへ

凱旋MCBattleのサムネイルを手掛けるなど今注目の若手アーティスト、NAOHIRO YOSHIDA。彼がどのような工程で、何を想い、何を目指して、描いているのか。なかなか明かされることの少ない画家の心の内面に、今回は迫ることができた。

NAOHIRO YOSHIDA Instagram

きっかけは漫画『バカボンド』


 ――自己紹介と現在の活動について教えてください。

NAOHIRO 吉田尚央です。23歳です。画家をしております。

 ――絵を描こうと思ったきっかけは? 小さい頃から描いていたのでしょうか?

NAOHIRO いや高校生の時に机に落書きしてるとかいうレベルでした。本格的に描いたことは全然なかったんですけど、大学の2年生の12月とかに電車の中で漫画の『バカボンド』を読んでて、22巻のあるページを見て、「あ、絵描きになろう」と思いました。

 ――それはどういうシーンだったのでしょうか?

NAOHIRO まず『バガボンド』という漫画は宮本武蔵を描いたお話です。ちょっとマニアックかもしれないんですけど、宮本武蔵が祇園藤次という京のお侍さんを切り殺す瞬間のシーンで、首を斬って血がバーッと出て、扉にベタべたべたってこびりつくページがあります。それを見て「あ、画家になろう」と思いました。

 ――それはなぜ?

NAOHIRO 自分はその時まで特に目標もなくだらだらと生きていて、なんか違うなと思って本とかを読んだりしつつもしっくりこなかったんです。なんかないかなぁと思っている時にちょうど『バガボンド』を読んでて。『バカボンド』では、主人公の宮本武蔵が一つのことを極めていく中で色んなことを学んでいきます。何かに向き合うという姿勢は、世界と向き合うという事でもあるし自分自身と向き合うという事でもある。その中で色んなことを学んでいって、結果心・技・体の強さが向上していくというストーリーを見たときに、こういう生き方もあるんだなって思って。「一つのことを極めていく末に得られる力」みたいな、そういうものに憧れを感じて。多分それがずっと自分の中で醸成されていたんですけど、ちょうどそのページで弾けたっていう感じです。

 ――なるほど。もともと絵をやりたいという気持ちがあったけど、それがそこで弾けた感じでしょうか?

NAOHIRO そうかもしれないですね。ていうか、それを見たときになんか「こんな男になりてぇ、こんな極まった人間になりてぇ」と思って、俺が何か極められるものがあるとしたら何だろうって考えました。そしたら少し素養があるのは「絵」ぐらいなんじゃねぇかって思い始めて。もしかしたら絵なら極められるかもしれないと思って、そこから描き始めた感じですね。

 ――本格的に始めようと思ってから今までどのような経緯で描いて来られたんですか?

NAOHIRO 最初は描けないがために、手っ取り早くアートっぽいと思って、西洋的な抽象画みたいなカラフルな絵をキャンバスに描いて、違うなと思いつつもやり続けてました。その後は漫画っぽいイラストだったり、人の顔とかを描いてみたりしてましたね。そこから友達に頼まれて2m×2mくらいの大きめな絵を描くことになったのをきっかけに、自分は大きいのを描くのが合ってるなと思いました。そのとき描いたのが動物だったんですけど、そこから景色とか自然を描くようになって。で、そのあたりから色が消え始めました。白黒とか銀黒って世界観がしっくりきたというか。そして今は水墨画とかも始めたって感じですかね。

 ――これまでずっと独学で描いてきたとのことですが、それはどうしてですか?

NAOHIRO なんか学んでた方が良かったんじゃね?とかもちょっと思うんですけど、独学でやる魅力みたいなものは一つ一つ試していって、今のは良かったとか今のはよくないなーとか、自分の中に蓄積されていって確かなものとして感じられるところですかね。例えばインクをぶちまけた後に描くとかいう方法は独学じゃないと生まれなかったと思うし。やっぱり自分で紙と筆と対話しながらこれは良くてこれはダメみたいなのが自分で1個1個積み重なっていくのがすごく楽しいです。それが魅力かなぁ。誰かから学びたいとも思いますけど。

 ――簡単に正解が分からないからこそ?

NAOHIRO 結局自分で体得するしかないと言えばそうだと思うし。でも実際学びたいとは思います。水墨画の先生とか欲しい。住み込みで修業させてくれるレベルの。山とかに住んでたらなおよい(笑)白髪なのもまた良い(笑)行って一日で入れてくれないとかも更に良い(笑)2日くらい玄関で粘って、ガラガラって開けて、好きにしろ、みたいなの、本当に良い(笑)でも、出会うものとか人は全て先生だっていう風に思わなきゃなとも思っています。


 ――彼の作業場にはこれまで描いてきた作品が飾ってあった。今回特別にそれぞれの作品について、どのような工程でどのような思いで描いたか訊くことができた。

NAOHIRO まずこれは、凱旋MCBattle*のサムネにしたいから絵を描いてほしいと頼まれて描いたものです。この時は虎と竜を描けと言われて描きました。どうゆう風に描いたかというと、僕は最初に構図を決めたりしないです。横顔ってことは決めてたんですけど、どう描くかとか下書きとかはしないで、インクをぶちまけてったところで、形がでてきたときに、それが乾く前に一気に描き込むみたいな感じです。1時間くらいしかかかってなくて。単純に黒で描いてるだけなんですけど。

*FREESTYLEでのRAP、いわゆるMC BATTLEの大会。新進気鋭のMCバトルイベントとして、ヘッズから絶大な支持を集める。

 ――1時間ですか!? 何か作品に込めた想いなどはありますか?

NAOHIRO どの作品でもテーマにしたり、大事にしてるのは、「気韻生動」という考えなんですけど、これは中国の『古画品録』という最古の画品書の中の画の六法の最上位にある考えです。解釈は色々あるんですけど、僕的には絵が生きてる感じ、息をしている感じを大事にしてて。そのためには、下書きをしないっていうのを大事にしていて、自分の中の方法として持っています。下書きをするとそれをなぞることになって、その瞬間の躍動感みたいなものが薄れてしまうと思って。なので下書きをしないで一気に描き上げることを大事にしてますね。

NAOHIRO 次にこれは、下書きをしないというところから発展して、絵の具を最初にぶちまけて、そこに出てくる垂れとか滲みみたいなものが自分から離れることで、自分が意図してなかった造形とかテクスチャーみたいなものが現れてくるんですけど、それを遠くからずっと眺めて、立ち上がってきた形を掘り起こしていくみたいな手法で描いていったものです。あと筆じゃなくて身体半分を使って描いた部分もあります。筆がこのサイズのがないので。例えばここは腕、ここは脇腹みたいな。

 ――これは何を描こうっていうわけではないんですね。

NAOHIRO そうですね。偶然に生まれたものからイメージしたものを具体化していく感じです。

 ――完成した後にこれはこういう意味だったんだとかそういうのはあったりしますか?

NAOHIRO そういうのは結構あるかもしれないです。これの真ん中は、ブラックアウトさせてそこにちょっと絵の具たらし込んで小さな丸い形の部分だけを描きました。で、これが表してるのは、いわばこういう小さいものからインスパイアを受けてこっちができてるということ。手法的には起こってることは変わんなくて。「周り部分の原型がこの丸にある」みたいなことを強調したくてここだけブラックアウトさせました。抽象と具象を行き来するみたいなことはやりたかったんですよね。抽象的な形と、でも実際モノ感があるみたいな。

 ――なるほど。でもお話聞いていると、描くの楽しそうですね。

NAOHIRO 楽しいかも。でも何かが出てくるまでは超きついですね。自分の気が滞ってる、心が滞ってると、そのまま滞った線というか形が出てきちゃうので。本当に思い切りを持ってやらないと、いくら偶然とはいえ良い形は出ないみたいなのはめちゃくちゃあります。

 ――自分の精神状態が関係してくるんですね。

NAOHIRO すごい関係してますね。精神状態が悪い時はやっぱり絵も良くない。だから自分を気張らせて何度も消した工程があります。

 ――思い浮かばない時はどうするんですか?

NAOHIRO 思い浮かばない時は、やっぱり先にぶちまけていくみたいな感じですね。その時は一番「思い切り」が大事。ちょっとビビったら本当にビビった形になるんで

 ――なるほど。なかなか画家さんから直接こういったお話はなかなか聞けないので新鮮で面白いです。


微細の中にも世界がある


 ――人生の転機となった出来事って何かありますか?

NAOHIRO 一つ目は先程言った『バガボンド』ですね。もう一つあって、その後タイに一度学部留学したんですけど、そこでフランス人の友達に出会いました。そいつがストリートアート、グラフィティとかをやっていて、それを一緒にやったりしてて。夜な夜なそいつの部屋に行って一緒に絵描いたり、夜イリーガルな所で描いたり。そういうのを通してやっぱり楽しいなって思ったし、こいつにも俺の絵が届くような風になりたいって思いましたね。

 ――活動を通した学びは何かありますか?

NAOHIRO あまり社会的なことは話せないんで、またパーソナルな話になっちゃうんですけど。学びとしては、大きいものと本当に微細な部分の関係性みたいなものは描く時にすごく学んでます。どういうことかっていうと、全体にも世界があり、またこの微細の中にも世界があるみたいな。絵を描いていくにつれて、自然だったり人だったりまたその関係性だったり、物事を観察するという機会が増えました。実際に描いていく過程の中でそんなインプットとアウトプットを繰り返していくうちに、自分の世界に対する理解みたいなものが深まったと感じています。それを集約すると、「微細の中にも世界がある」みたいな感じです。
 そういうのをちゃんと描けてると絵は“生きてくる”と思うんですよ。だってそれは俺たちだって同じだから。人だけど細胞があって、みたいな。他の小さな細菌とかとも一緒に成り立っているじゃないですか。それをちゃんと理解して、小さい部分も大事に描いてあげるし大きい部分も大事に描いてあげる。その最小と最大を等価に扱ってあげるみたいなことを学びましたね。で、それは人間関係もそうだと思うし、細部のやりとりとか仕草とかも結局そういうところかもしれない。そういう些細なところに気を向けてあげるみたいなことは結構学んだことかもしれないですね。

 ――絵の魅力、絵が人間社会に存在する理由って何だと思いますか?

NAOHIRO 描く人にとってと、見る人にとってで分けると、描く人にとっては、物事を観察したり向き合う中で物事の本質みたいなものを見つけていって人間的にも強くなっていくみたいなこと、が僕としては描く意味だと思ってます。人として強くなるみたいな。
 見る人にとっての存在的な意味だと、「インストール性」みたいな。思考とか考えっていうのは物事の観察から生まれると思っていて、絵もある種観察というか見ることで、見た瞬間に脳にインプットされるものがある。作者の考えとか宇宙観とか、本質的な何かをみた瞬間に鑑賞者がダイレクトに一瞬でインストールできるというか。文字で読んでなるほどなるほどっていうのじゃなくて、バッてみた瞬間に一気に奥まで刺さるみたいな。そこでその人の世界観が広がればいいし、もしかしたらその人と共鳴する何かが生まれてくれれば良いとも思うし、それによって世界が良くなるかもしれないし。そういう一瞬で理解できる、言葉ではなく、みたいなところは魅力かなと思いますね。

 ――そういう意味では絵の説明などは要らない?

NAOHIRO 自分の絵はあんまり社会的な文脈を持ってないので。これは政権に対するこういうもの!みたいなのはなくて。エコロジーとかそういう社会的な文脈は素晴らしいと思うけど俺のはそうではなくて、人間の本質とかその人の本気度みたいなのが見た瞬間にその人にも伝わって、その人の「気」を回すというか。エネルギーというか心を回してあげられるみたいなことを大事にしています。

 ――具体的に何かを伝えたいというより、見る人の心を動かしたい?

NAOHIRO そうですね。相手に対して求めたいこととしてはそういうところ。見た瞬間の心の揺れみたいなものは俺の極まっている度に比例すると思うし、俺が滞ってたらその人も滞っちゃうし、っていうところですかね。


「強くあろうとする人」はかっこいい


 ――大切にしてる価値観について教えてください。

NAOHIRO やっぱり気韻生動って言葉はいつでも思っています。それは絵もそうだし、自分自身も気韻が生動していないと良いものはできないし、人と接する時とかも自分は強くあるみたいな。優しくすることと自分が強いってことはイコールだと思ってて、自分が強くないと相手にも優しくできないと思うんですよね。例えば、嫉妬とか妬みみたいなものっていうのは人と接する時に良くないというかマイナス面だと思うんですけど、そういうものは強いというか心が佇まっていれば無くなるんじゃないかって。そういう状態のことを、僕はその人の気韻が生動していると考えます。だから自分は常に気韻が生動していたい。まだ難しくてわかっていないですけどね。

 ――何が気韻生動かという答えはまだわからないけどそこを目指したいということですね。

NAOHIRO わからないけど、やっぱ人としての強さみたいなものは大事かなって。腹が据わってるみたいな。腹が据わってるかな?今一番しっかりくるのは。

 ――今後の展望について訊かせてください。

NAOHIRO 長い展望で言えばめちゃくちゃ極まりたくて葛飾北斎みたいなレベル。なんか、あ、こいつはまじで極まってる、みたいな感じになりたいっていうのが長い展望ですね。
 直近で言ったら水墨画自体に興味があって、本当に最近初めました。独学なんですけど。それを描いていくというのは直近の目標って感じです。

 ――こうなったら「極まった」と言えるみたいな具体的なイメージはありますか?

NAOHIRO 一つの点とか線を置いたとしてもそれでバーンって世界がみえるみたいな感じですかね。北斎は「点が踊る」みたいな表現をしてました。点を一点打ったとしてもその中に世界がちゃんとあって、それが生き生きと踊り出すみたいなレベルが極まってる感だと思っていて。まだわからないけど、今の時点ではそれですね。

 ――Naohiroさんにとって「イケてる」とは?

NAOHIRO まじで受け売りっちゃ受け売りなんですけど、『バガボンド』の台詞で「この世に強い人なんておらん。強くあろうとする人。おるのはそれだけじゃ。」っていう台詞があって。つまり自分は、「強くあろうとする人」がイケてると思っています。みんな弱さを持ってるし、弱い部分はある。例えば嫉妬してしまうとか自分を認められないとかも弱さだと思うし、他人に対して厳しくしてしまうのももしかしたら弱さかもしれない。ただそういう自分を認めつつも、それでもなお自分を強く保とうとするみたいな姿勢を持ってるのは、その人がどんな状況にあるとは関係無しに、その人のことをかっこいいなイケてるなと思う一つの基準になっていますね。

 ――「カルチャー」とは?

NAOHIRO カルチャーを日本語訳すると文化じゃないですか。だけど今普通に「カルチャー」って使われてるのは、その集団の中で醸成されてきた、なんとなく存在する慣習とか風土みたいなものが一般的な解釈かなと思ってるんですけどそれじゃあんまおもしろくないですよね(笑)自分的にカルチャーとは何ですかって聞かれたら、「繋いでいくもの」みたいな感じかなぁ。昔からあったり、もしかしたら“さっき”できたものかもしれないけど、そういうものをある集団、もしかしたら全体かも知れないけど、そういう中で醸成していって、また新しく繋げていくみたいな。繋いでいくものですね、みんなで。それは他のカルチャーの人とも一緒に繋げていくものだと思うし、関わり合いの中で紡いでいく、みたいなものかなあと思います。

 ――ありがとうございました。

取材・構成 Nozomi Tanaka
撮影 Shun Kawahara, Charlie Ohno

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