【PERSONAL FILE】無職 Franz K Endo 「俺のことを放っておいて欲しい」

インタビュー 無職 Franz K Endo
異様で独特な世界観が話題を呼んだ『MADドラえもん』の制作者。Youtubeでの総再生回数は4,900万回を超え、Twitterでも数々の作品が拡散された。『MADドラえもん』の更新が止まった現在、ラップやビートメイキングを行うアーティストとしても新たな才能を見せる。本インタビューでは、現在の活動に至るまでの過去の体験や制作にまつわる葛藤、今後の展望まで伺うことができた。


血迷った末のMADドラえもん


 ──初めに自己紹介をお願いします。

Franz あんまり紹介する自己はないですが、肩書は無職ですね(笑)別に仕事はしてるんですけど、よく考えるんですよ。トラックに轢かれて死んだら職業の所はなんて出るのかなーって。今だと無職かYouTuberになると思うんですけどどっちも嫌なんですよ。大学も9月に卒業して、使う機会のない卒業証明書と奨学金の借金だけ残りましたね。

 ──普段の活動内容を教えてください。

Franz アニメーションと音楽じゃないですかね。今の所そこら辺をやってるんで。あんまアニメーターやってますとかビートメーカーやってますとか言うとガチな人に怒られちゃいそうなんであんまり言いたくないですけど(笑)

Franz K Endo × the perfect me の最新リリース “sad dream from diode’s steps”

 ──活動に至った経緯を教えてください。

Franz 目立つのが嫌いだけど有名になりたい、みたいなのが小学生くらいの時からあって。かと言って天賦の才があったわけでもなんでもなくて。ただ有名になりたいっていうくだらない感情が空回りしていた時期があったんですよ。高校生くらいの時から陸上部の仲間と面白い動画を撮って、仲間内で楽しむみたいなことをしてて。海外の面白いCMの受け売りみたいなものを自分たちでやったり、みんなで一発ギャグを披露しあったり。それの延長みたいな感じですかね。

 ──遊びの延長で動画の発信をしていったんですね。

Franz そうですね。前まではネットに落とすようなことは全然してなかったんですけど、2018年かな?割と最近で、大学2年か3年くらいから発信を始めましたね。
大学生って3,4年生になると「就職どうするの?」とか「将来どうするの?」みたいな話するじゃないですか。就活マウントみたいな。聞いてもないのに就活の話されて気持ち悪いなって思ってたんですけど、煽られるとちょっと焦るじゃないですか。学校で就職説明会やりますとかインターン募集してますとかっていう案内もされるし。俺は高校生の時から全く就職する気が無くて、元々は大学も行くつもりもなかったんですよ。でもうちの家系はみんないいとこの大学行っていいとこ就職してって感じで俺だけが出来損ないみたいな扱いでした。それで、「お前大学いけんの?行ったら学費払ってやるから受かったら行けばいいんじゃね?」みたいな感じで煽られて。悔しいじゃないですか。お前と同じとこ受けるよって言って、受けて受かったから入りました。それでも就職する気はやっぱり変わらずなくて。かといって特にやりたいことも見つからず、才能もあるわけではなくてやばいなって。血迷った末にMADドラえもんが始まったって感じですね。

MADドラえもん

 ──就職する気がなかった理由は?

Franz そういう人生が嫌だなと思ってました。うちの父がバリバリな仕事人間で子供の時も出張とかで長い間家にいなくて、母もその時期いなかったので兄と二人で家事をやって。俺はグレててほとんどやってなかったんですけど。そういう生活をしてて、父が仕事に人生注いでるのを見て「こうなりたくないな」って思ったんですよね。

 ──それでは就職活動も全くやっていないのでしょうか?

Franz 一応頑張ろうと思った時期はありましたよ。誰だって就職したくないって思うけど、何のかんの言ってもやっぱ頑張らなきゃダメじゃないですか。インターンとかもやったんですよ。でもやっぱだめだなぁと思って。仮にどっかの会社に受かっても絶対やめちゃうなって(笑)それで諦めようと。

 ──就職活動をした上で現在の道を選んだんですね。

Franz はい、自分で頑張るしかないなと。MADドラえもんを始めて丁度1年くらい経った時に今まで自分にあったことを文章にして、誰も見ないだろうなって思ってブログに載せたんですよ。そしたら思った以上にみられて、元々仲が悪かった父もそれを見たようで。家族のいざこざって双方の見方と意見があって、一個の事実に対する捉え方も立場によって全然違うじゃないですか。あれはあっただこれはなかっただ、そういう話になって、絶縁だということで縁を切られて。その後、一通の手紙と学費の請求書が家に届いて「やばい」って思いました。最悪学校を辞めても良かったんですけどそういう度胸もなかったんで、学費稼がなきゃって。MADドラえもんでお金を稼げてたわけでもないし、あれでお金を稼ぐのもどうかなと思うんで。品川ふ頭でカラフトシシャモを8時間荷下ろしするみたいな日雇いとかしてました。それ以外やれることもなかったんで、なるべくしてなったって感じだと思ってます。普通に就職してたら終わってたと思いますね。まあ今も終わってますけどね(笑)


思っている以上に大きくなりすぎた


 ──MADドラえもんのようなコンテンツと現在中心にやられている楽曲制作で、制作時や発信時における違いはありますか?

Franz あまりよく分かってないですね。大学も卒業して、このままずっとMADドラえもん的なことを続けてたらどうなの?っていうのが自分の中にあって。もちろん始めたての頃は再生数とかそういうしょうもないことで勝手に舞い上がりもしたんですけど。だんだん何やってんだろうっていう感じになってきて、嬉しいには嬉しいけど何か違うなと。このまま数字とか知名度とかが上がったとしても嬉しくないし、この先にいって何があるんだろうって思うとちょっと違うなって。今はとりあえず出来そうなことを手当たり次第やってます。

 ──小学生の頃から有名になりたかったけど、いざ有名になってみたら思っていたのと違ったんですね。

Franz 違いましたね。どちらかというと今は割と俺のことを放っておいて欲しいなって感じなんですかね。

 ──Twitterの投稿も消されています。

Franz 消しましたね。元々趣味というか完全に自分がやりたいことをやってたんですけど、それが自分の思ってる以上に大きくなりすぎちゃって。自分でコントロールできないとは違いますけど、去年くらいからインターネットが嫌になっちゃいましたね。前は典型的なインターネット中毒だったんですけど。でも別に辞めたいわけでもなく、ガツガツやっていきたいというわけでもなく、惰性で進んでいくみたいな。一番やっちゃいけない状態なんですけどね。何のかんの言っても作るのは好きだし他にやることも結局ないんで、とりあえず今できることをやって模索してかなきゃなって所ですね。

 ──作品に自分の想いを反映させることはありますか?

Franz 結果的には反映されてると思うんですけど、みんなが思ってる以上に何も考えてないんじゃないかなと思います。

 ──どのように制作するのですか?

Franz アニメーションだと、思いついたシーンとかネタとかを何個か作って、そこから連想ゲームみたいな感じですかね。これとこれは繋げられそうだとか。作ってる時にこれいれたら面白いんじゃね?みたいなのがでてきて、流れに任せて、できたものは自分でもよく分かんねぇみたいな。でもいいかって。そんな感じですね。

 ──作品を出す時はどう納得しているのですか?

Franz 何個かは今でもまあ良かったなと思いますけどあんまり納得したことはなくて、まだ50点以上の物を出せた記憶はないですね。胸を張って「自分がこれを作りました」って言えるのは多分1個もないです。作った時は気持ち良いーみたいな感じなんですけど、出した次の日にみたとき、「これくそつまんねぇな」「なんだこれ気持ち悪い」みたいな。なっちゃうんですよね。まだ墓場には持っていけないです。

 ──影響を受けているものはありますか?

Franz 前まではサンプリングが大好きで、それこそMADドラえもんもサンプリングみたいなのが多いじゃないですか。最初は「サンプリングしてなんぼやろ」みたいな感じでやってたんですけど、ある時からサンプリングってだめじゃね?って思い始めて。言っちゃえばパクりなわけじゃないですか、サンプリングって。人によって解釈は違うと思うんですけど俺の中では良くないって思っちゃって。そこから調子崩れちゃいましたね。自分で思いつくものは全然あるんですけど、純粋な楽しさが減ったというか。人から影響を受けて作るっていうのもサンプリングの延長みたいな感じに捉えちゃって。インスピレーションとかくだらないなって思っちゃって、自分の身から削り出して作るぞって意気込みでやってますね。それが続くかも上手くいくかも分かんないですけどね。

 ──卒業制作アニメもそういう感じですか?

Franz そうですね。まあでもどうなんですかね。今見返すとちょっとありきたりですよね。あれは100点満点でいうと30点くらいです。ちょっと話にならないなとは思ってます。

卒業制作アニメ “ALL in Good Time”

 ──それでも再生回数はかなり伸びていますが、もう再生回数は気にしてないんですか?

Franz 最初は再生回数が伸びたら嬉しいし自慢したくもなっちゃうじゃないですか。でもある程度までいくとそういうのが嫌になっちゃう時期があるんですよ。良くも悪くも。伸びても下がっても数字で見られるのが嫌になっちゃう。今はもう慣れちゃったんで別に3回再生とかでもいいやってなっちゃうんですけど。ただ、再生回数とかフォロワーとかそういう数字に囚われてる人とかをみてると、そういう風にはなりたくないなっていう思いはありますね。所詮数字ですからね。

 ──誰かに向けて発信しているのか作ること自体に魅力を感じているのか、Franzさんはどちらでしょうか。

Franz 割と後者ですね。作るのが楽しくて、どうせ作ったなら皆に見てもらいたいっていうノリなんで。あんまり伝えたいこともないので、誰かに向かって作るっていうのは1回もやったことがないですね。作った以上は載せるか、みたいな感じです。


記号-モノ-に囚われない幸せ


 ──人生の転機といえる出来事はありますか?

Franz 3,4年前ですかね、タヒチに行きました。当時は田舎から東京に出てきて大学で馴染めずにいて、確か留年した年でした。学校が嫌になって行かなくなっちゃったんですよ。タヒチに詳しい訳でもないんで人に聞いたりとか色々しながらのらりくらりしてたんですけど、その時にダンサーの人と話す機会があって。「どっから来たの?」って聞かれて「日本から来ました」って言って。「日本って良いよね、みんなお金持ちで高層ビルもいっぱい建ってるんでしょ」ってことを言われて、「うおー」ってなりましたね。俺はそれが嫌でここに来たのに、向こうの人たちはそれに憧れているんです。
向こうの人たちってすごい幸せそうに暮らしてて、みんなチャリンコ乗り回してて、ちっちゃい街なんですけど日曜日には街の店が全部閉まって、みんなが海辺の公園で爆音でレゲエを流しながらずっと海見てるんですよ。俺は向こうの人からしたら外国人なわけですけど、通りすがりなだけでみんな挨拶してくれるし食べ物もタダでくれるし、めちゃくちゃ良い所だなって。特に何かあったわけじゃないですけど、思う所はありましたね。

 ──軸とする価値観や信念はありますか?

Franz 金持ちになりたくないのはあります。それは変わらないですかね。なりたいとは思いますけど、実際なっても多分貧乏になりたいなとその時は思う自信がありますね。

 ──それはなぜでしょうか。

Franz 元々そんな良い暮らしをしたことはなくて、家を借りるお金もなくてバイト先で寝泊まりしてた時期とかもあったんですけど、うちの大学って所得の高い世帯の子供たちが多いわけですよ。青学なんで。親に家賃を払ってもらって、遊びでお金を使って「お金ない」とか言ってる人が沢山いて。そういう人間みてると羨ましさもありますけど、そういう感じにはなりたくないなと。

 ──お金もそうですが、フォロワーや再生回数も含め評価される数字を記号としてしか捉えていない印象です。

Franz 完全にメンタリティの話になっちゃうんですけど、精神の中でちっちゃい幸せが見つけられたらベストかなとは思いますね。結局みんな物で自分を満たしてる訳じゃないですか。それにはなりたくないなっていうのはあります。

 ──タヒチのエピソードとも繋がる気がします。

Franz そうですね。簡単に言うとお金がなくてもいい人生を送れると思ってて。昔はお金のかからない遊びもいっぱいあったし、お金がない分色々頭を使って良いものを見つけ出すとかそういう事が結構出来てたんで。それを思うと、まあお金は必要ですけどそこまで沢山はいらないなって。欲しいですけど。くれるんならもらいますけど(笑)あんま物とかに囲まれたくはないなって思いますね。


自分は何者でもない


 ──活動を通した学びを教えてください。

Franz 自分は何者でもなかったっていうのは分かりましたね。最近、映画とか音楽のレビューでめちゃくちゃ辛口の、批評家気取りみたいなのがいっぱいいるじゃないですか。映画に対する批評をベラベラしゃべってる人。自分も活動を始めた時は割とそういう人種だったんですよ。「これはセンスねぇ俺の方が良いもの作れるわ」みたいな。そういう空回りした人間で。でも実際作ってみると色々と難しいわけですよ。予算とかもあるし大人たちからいろいろ言われたり期限を守る必要があったり、色んな条件がある中で良いものを出すって本当に難しくて。それが分かっただけ一個勉強になったなと思いますね。人のつくったものに対してどうこう言う筋合いは人には無いなって。自分ももっと努力しないといけないんだなっていうのも分かりましたね。謎の全能感は消えてなくなりました。昔はあったんですけど。

 ──活動をしていく中で全能感が消えていったんですね。

Franz 謎の全能感があった時は自分にセンスがあると思い込んでたんで特に努力もしてなかったんですけど、その全能感が薄れた時に一生懸命努力しても一流の人間に敵わないところがあるなって。努力してなんぼだと思うんですけど、努力しても届かない壁があって、その壁がなんだろうっていうのを最近はずっと考えてます。そこがセンスなのかもしれないですけど、まだ答えは出てないです。

 ──そこは模索中なんですね。

Franz ライフスタイルっていうか、その人の生き方だとは思いますけどね。普通の生活してたらそういうことしか思いつかないよねって感じ。分からないですけど。何年かかるか分かりませんけど、いつか越えられたらいいんじゃないかなという感じで、今は生きてます。

 ──越えられない壁に気がついたきっかけはあるんですか?

Franz 何かがあったわけではないと思うんですけど、MADドラえもんの人間としてみられるのがすごい嫌な時期はありましたね。大学でも「MADドラえもんの人だ」「フランツさんジャイアンの声真似してくださいよ」って言われる。それが嫌な時期はありました。自分がやったことの結果なんで自業自得だと思いますけどね。これはカルマだと(笑)

 ──今後の展望はありますか?

Franz 表で自分の看板掲げてやるっていうよりは、割と裏方に回ってひっそりとやっていきたいってのはあります。MVを作るとか。自分でも作りたいものがあったら作りますけど。でもそれをやるにはまだ頑張んなきゃいけないとこがあるんで、今は技術を磨いて自分のとこでやって、それを見た誰かが裏に引き込んでくれるのを待とうかなと。長い道のりになるとは思いますが。

 ──MADドラえもんのようなものはもう作らないのですか?

Franz やめはしないですよ。やめはしないけど続けはしないみたいな。今は普通に忙しくてできてないっていうのもあるんで、多分みんなが忘れたくらいの頃に出るんじゃない?みたいな。


イケてるも、カルチャーも、”無い”


 ──Culture University TOKYOは「イケてるとはなんだろう」という疑問をテーマとして掲げています。あなたにとってイケてるとは?

Franz 「路上で野垂れ死ぬ」とかじゃないですかね(笑)

 ──そういう死に方がイケてる?

Franz いや、なんなんですかね。なんか大成するより売れずに路上で野垂れ死んでるほうが良さそうだなと思います。俺もよく分かんないです。でもよく考えたらイケてもなさそうですけどね(笑)

 ──作品に対してはどのようなものがイケてると感じますか?

Franz ソ連のプロパガンダアニメとか結構イケてます。あれはイケてると思いましたね。ただ何がイケてるかについて説明はできないんで、何がイケてるか分かってないってことだと思います。だから俺はイケてるについて何も分かりません。すみません!

 ──最後に、あなたにとってカルチャーとは?

Franz 幻想です。カルチャーって幻想だと思うんですよ。みんなあると思ってるけど、実際どうすか?カルチャーって。みんながやりたいことを各々やってるのを、第三者が勝手にまとめあげてカルチャーって呼ぶのはどうなのって感じ。まぁ界隈とかはあるでしょうけどね。でもあんまり実態をなすものだとも思えないし、虚構な感じ。

 ──それは一般的にカルチャーと呼ばれる世界の中でフォロワーのような実体のないものに触れてきたからそう感じるのでしょうか?

Franz そうかもしれないし、自分の周りでカルチャーカルチャーしてる人間が個人的にすごい苦手でした。あれは何なんだろうなと。

 ──どうして苦手だったのでしょうか。

Franz 自分はイケてて正しくてそれ以外は違うって人いません?俺がイケてるのものさしですみたいな。「なるほど」と思うしそういう自尊心は譲って欲しいですけどね。俺も横暴になりたい。みんなが自分のことをイケてると思ってるのはいいとして、だれも100点は出せてないって実態がすごい嫌で。そこにリアルだのフェイクだのあるのかって。俺も未だによく分かりませんが、基本的に物事を悪く捉えるタイプの人間なんで。

 ──ニヒリスト的な?

Franz ニヒルではないですよ。そこはちゃんと伝えときたいです。ニヒルの時期もありましたけど、ニヒルもニヒルでくだらないなと思いますね。たかだか20年間生きただけで世界を知った気になってるのってすごい恥ずかしいなと思っちゃって、そっからニヒルはやめようと思いましたね。

 ──ありがとうございました。

取材 Shun Kawahara
構成 Tsukasa Yorozuya

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