【PERSONAL FILE】陶芸家 鮫島陽 “焼く”ことで繋がっていく

インタビュー 陶芸家 鮫島陽
岐阜県の多治見市陶磁器意匠研究所で陶芸を学び、現在は愛知県豊明氏の工房で制作活動を行う若き女性陶芸家。小柄で穏やかな話し方の柔らかな印象とは裏腹に、深い考えと強い意志が感じられた。今回はそんな彼女が陶芸を始めるまでの経緯や、作品への想いを訊いた。


物を作って売って生活する


 ──現在の活動について教えてください。

鮫島 はい。肩書ってなると陶芸家ってことになるかもしれないですけど、あんまり陶芸家って言う自覚はなくて。焼き物を作って生活してはいますっていうような感じです。生活様式が焼き物を作って生活してる人っていう感覚ですかね。ベッドで寝てますとかお布団で寝てます、みたいな感じで焼き物作って暮らしてます。っていう感じ。あんまり働いている感じはないし、いつから、どこのラインで陶芸家になったのかってことも分かんない。陶芸をしている人達と「陶芸家とは何か」とか「どこのラインから陶芸家と呼んでいいのか」っていう話になったことがあるけど、私は私のことを今はそんな風にとりあえず思っています。

 ──陶芸で生計を立てているけれど、陶芸家という認識はないんですね。

鮫島 そうそう。最初は焼き物だけのお金じゃ食べれなくて、バイトしながら焼き物を作って売ってたんですけど。その比重がだんだん変わっていって焼き物100%になったっていう感じです。

 ──芸術で稼いでいくのは難しいイメージですが、焼き物だけで生きていけるようになったきっかけはあるんですか?

鮫島 灯しびとの集いっていう2日間野外でテント出してやるクラフトフェアが大阪であって、100人くらいが出展できるんですけど審査があって。審査自体には500人とかが応募してる中たまたまラッキーで通って。そのクラフトフェアで出会った人達に仕事をもらって、そこで展示したりとかして徐々に、みたいな感じですね。いちばん最近に展示をさせてもらったOUTBOUNDの小林さんとの出会いもそこでした。

 ──色んな世代の方が出展するんですか?

鮫島 そうそう。年齢の括りとかがないから色んな人がいます。素材も私は陶器だけど木工もいるし、漆とか皮とかガラスとか色々。

 ──陶芸家の中で若いですよね?

鮫島 あんまり同世代いないですよね。ファッションとかアートの方にいくといると思うんですけど。でも、工芸でも私が行った学校には大勢いました。多治見にある学校なんですけど、30歳までしか入校できないところで。多治見には大勢の若い陶芸をやってる人がいるんですよ。

 ──陶芸に出会ったのはいつでしたか?

鮫島 初めて土を触ったのは高校2年生の時の陶芸の授業です。中学2年生の時に自由の森学園っていう埼玉にある私立に編入したんですけど、最後の方になると選択授業が主な日がたくさんあって。私は3年生のときに木彫と陶芸と木工の3つをとってて、一日中何らかの形で作っていればそれで大丈夫だったんですよ。

 ──そこから陶芸の世界に入ったんですね。

鮫島 元々一番影響を受けたというか、すんなり物を作る世界に入ったきっかけは父で。父は大工なので物を作って売って生活するのが普通で。知ってるお金の稼ぎ方は物を作って売るっていう感じだったんですよね。だから勤めるとかそういう感覚はイメージがなくて、手に職つけるかなんか特別な物を作れるようになるしかないと思ってて。でも特別なものを作れるほど芸術的感性がないって自分で思っていたから、やっぱり職人になるかなーって思ってたんですよ。

でも高校生の時は進路とか考えられなくて、何も進路を選ばずに卒業して1年間フリーターして新宿で働いてて。その1年はバイトして遊んでを繰り返してて全然物を作らなかったんですよ。その間に「このままじゃまずい」「物を作らない生活はまずい」ってずっと思ってて、物を作る環境が欲しくなって。大学に行くか弟子入りするか、職業訓練校に行くか考えて、最終的には多治見市陶磁器意匠研究所っていう岐阜県の多治見市が若い陶芸家を育てるためにやってる施設に行きました。大学とかと違ってめちゃめちゃ安くて、自分で用意できる額だったからそこにしたんですけど、魅力のある人との出会いが多くておもしろかった。成り行きの中で、手の届く範囲にあったから選んだから、美術的な勉強をしていないことが若干のコンプレックスではあって。でもそれは自分で徐々にやっていこうかなって思っています。

 ──自然な選択だったんですね。

鮫島 そうですね。それしかイメージはできくて、勤めるのって私にはすごくハードルが高かった。自由の森はテストがない学校で、一発本番でテストでOKかダメかを決められるっていうのに慣れてなくて。一番辛かったのは自動車免許を取る時で(笑)嫌過ぎて毎日泣きながら行ってました。

 ──小学生の頃はどんな子だったんですか?

鮫島 長野県出身で、お兄ちゃんと一緒に競技スキーをやっていました。大工の父は「やるからには世界一になれ」っていうちょっと偏った人間なので、3年生くらいの時から冬は3ヶ月とか強化合宿に参加して、夏はNZとかフランスとか雪がある所に行ってスキーをするみたいな。だからその時点で毎日同じ通学路を歩いて同じ学校に行きなさいっていう教育をされなかった。決められた場所に毎日行くみたいな習慣が身につかなかったんですよね。その代わり、自分がやるって決めたことに関してやり抜くというか妥協を許さないってことはあったけど。

 ──無自覚に型にはまらない生き方をしてきたんですね。


作品に込める切実な想い


 ──印象に残った出来事はありますか?

鮫島 人というより素材との事になるけど、私は「炭化焼成」っていうもみがらの中に入れて焼くことでこの模様を出していて。普通に焼くと真っ白い土なんですけど、もみがらの中に埋めて焼くことで焼き沈む時に炭素を吸って模様になるんですよ。窯の中の温度って1,200℃を超える生活の中には無い温度帯で、想像もはるかに超えて、分からないことばかり起きるんですよ。同じお皿だし同じ窯の中だけど様々な表情になって、窯を焚く度に窯と土が作る現象にびっくりするっていう。日々やり取りしてるものは土と窯と、そこで起きている現象っていう感じ。

 ──偶然性が高いんですね。

鮫島 「焼き物」とか「焼き物師」っていうくらい、”焼く”ってことが大事で、逃れられない事とも言えるけどその現象を楽しんでる人は私以外にもいっぱいいて、それが焼き物の魅力っていう人が多いはず。それくらい焼くっていう行為が実は一番肝っていうか。もちろん私は形にも重きを置いてるけど、焼くことが大前提です。ろくろをひいた時のうねりみたいなものを形状記憶っていって土が覚えてて、焼くとそれが出てくるんですよ。だからどこの作る過程でどこにストレスがあったかとかが焼いた後に出てきて、なるほどって。

 ──陶芸の評価の基準はあるんですか?

鮫島 やっぱり最終的にはシンプルなことで、素人とか素人じゃないとか関係なくものに力があるかどうか、物を通してグッと来るか来ないかっていうシンプルなところだと思います。良い悪いの基準はないから、例えば見てグッとくる焼き物があったらそれは作り手の想いが伝わったってことだし、最終的な、根源的な基準はそこにあるんだと思います。見たときに感情が高ぶっちゃって、泣いちゃいそうになるものに出会った時にすごいと思います。

 ──技術の高さとかはあるんですか?

鮫島 ありますよ。逆に技術はないのに表現できてることとか、技術めちゃくちゃある人が表現100%に寄った時にめっちゃかっこいいとかも。上手いろくろを目指してる段階ではまだまだだってよく言うんですけど、そうだなぁって。上手いだけのことは全く魅力ではなく、っていう所かなぁって思いますけど。

 ──影響を受けた物ってありますか?

鮫島 制作の上では縄文土器とか弥生土器とかっていうとこまで戻って古いものが好きで、骨董とかからも影響を受けてます。最初はただ形が好きから入るんですけど、その時代に生きてたその人達にも興味が出てきて。形が謎すぎてなんでこの形を作ったんだろうって調べ始めると、祭りのための器かぁとかって。なんでそんな祭りしてたんだろうってなると、困ったことが起きた時に解決策として一生懸命な気持ちで祭りしてたんだろうなぁとか。今だと困った時の解決のアプローチとして祈りってすぐは浮かばないし、別のプロセスで解決しようとするじゃないですか。でも縄文時代の人はマジで祈って解決しようとしてた。雨が続くこととか、そこら辺の汚い水を飲んで人がいっぱい死んでたらしいんですけど、そのこととか。じゃあその水をきれいにする装置を考えようって私たちだったら考えると思うんですけど、祈ってたんですよね、本気で。だから祈りのために、この祈りを何かに込めれるかっていう想いで壺も作ってた、その切実さがすごくて、だから好きです。そういう意味で影響を受けてるかもしれない。ちょっと古いものも好きで、90年代の音楽が好きとか、HIPHOPも初期の頃の日本語ラップが好きとかあるんですけど。全体的に古いものが好きです。音楽も物も服も、なんでかはわかんないけど(笑)新しい物にも古い物の文脈があるから新しい物が嫌いなわけではなくて。でも古い物が好き。

 ──自身の作品にも想いを込めていますか?

鮫島 ずーっと使って、最後に古くなったりボロボロになったりしてもむしろかっこいい物って感じはあって。古くなった物のかっこよさって各々だから一概には言えないけど、真新しさとか、綺麗さが売りなものもあるじゃないですか。綺麗さが売りだからそれが失われるともしかしたら捨てられちゃうかもしれないし、良さがなくなっちゃうかもしれないけど、自分の作品は最終的にかっこよくなるといいなっていう。そういう感じのイメージはあるかもしれない。だからちょっと不完全というか、欠けたりとかして金継ぎされたらかっこよくなるだろうなぁとか。それほど愛用してもらえたらいいなあとか。超他力本願だけど、そう思ったりしてます。

 ──今までの活動を通して学んだ事を教えてください。

鮫島 器と食べ物の関係とかは、やるようになってから考えるようになりました。日常で使える食器をたくさん作るっていうのは今回が初めてなんですよ。器を作るってなって食べ物のことを考えるようになって、良い器とはなんだろうって。作りたい器を作ってるんですけど、誰かの生活の中で使われる物を作る時に周りのことを考えるようになりました。料理を盛る人とか、まだ見ぬ使ってくれる人の手の感じとか、多くの人は朝に何食べてるだろうなあとか。見えてる人も想像するけど、見えてない人のことも考えるようになってきました。持ちやすさとか、誰かの家にある時のたたずまいのイメージとか。
物を作る時に自分以外の人が入ってくると良いスパイスになるというか、自分だけだとグルグルしちゃって動けなくなったりする時の突破口みたいなのになったりするのかもなあってぼんやり思い始めてて。

 ──大切にしている価値観を教えてください。

鮫島 出来るだけ嘘がないといいなぁとは思ってます。言葉にすると、嘘って訳じゃないけど盛っちゃったりニュアンスを間違っちゃったり言い過ぎちゃったりするのがコンプレックスで。多分喋るのが苦手じゃないから口先だけのことを言い過ぎちゃうというか。それで伝わったものって本当は伝えたいことじゃなかったっていう事もあって。
「悲しかった」って言っても私にとっての悲しみが何かってことは各々の言葉に対する取り方によって違うし。私の中にあるものを言葉にするとどうしても違うものになっちゃって、それが嫌だったんですけど、物にすることによって私は私なりに100%詰め込む。それ以上はもう何もできなくて、そこから受け取ってもらうのは自由っていうやりとりの方が本当だなって。物を見て何を受けとったかも本当だし、ここに何を詰めたかも本当だから、無理に繋がろうとしない感じとか、無理に理解しようとし過ぎない感じとか。言葉だとどうしてもその人が言ってる事を理解してると思っちゃうし何言ってるんだろうって考え過ぎちゃうんだけど、物だったらもっと主観と主観でやりあえる。そういうところがいいと思ってるので、大事にしていることはその時の自分をできるだけ素直に、出来るだけ嘘がなく物にできるようにってことです。そうするときっと見る人も主観100%で見てくれるだろうっていう。


無自覚な繋がり


 ──Culture University TOKYOは「イケてるとはなんだろう」という疑問をテーマとして掲げています。あなたにとってイケてるとは?

鮫島 まず「イケてる」って言葉があんまり私の日常になかったからめっちゃ面白くて、「イケてる」って言葉がイケてますね。今後使おうって思った(笑)これって良い物だよねって言うと「え、良いって何?」ってなるし、「良いってことは悪いがあるの?」ってなるから、良いとか悪いとかはあんまり使わないようにしてて、出来るだけ主観であれるように「好き」って言う言葉を使うことも多いかもしれない。評価するんじゃなくて単に好きか嫌いかっていうことだけだったら勝手じゃないですか。でも、「イケてる」だともっと良いなって思った。

私のイケてるの基準はやっぱり主観100%のことですよね。軽やかな感じもイケてるなって思うかも。枠に囚われない感じとか。「焼き物とは」みたいな事に囚われ過ぎてない感じとかジャンルをいっぱい飛び越えれちゃう感じっていうか、共通して根っこに持ってるとこまで軽やかにいけちゃう感じの人。イケてるなぁと思います。ダンスで言うと、私はダンスのことが分からないし詳しくないのに、私にも通ずる何かをもし私が受けた時に「イケてんなぁ」って感じる。この焼き物がいい器かどうかよりもその人の記憶に眠る風景とか素材感、昔おばあちゃん家で座ったことがあるジャリジャリ感とか、昔の建物にある壁面の朽ちた凹凸感とか。そういうのががふっと思い出されたりとか、思い出してもないのに勝手に繋がって互いに無自覚だけどリンクすることとか。そういう時にイケてるが起こるかなって思います。人だったら、そういう所をふっと飛び越えれる人。

 ──最後に、あなたにとってカルチャーとは?

鮫島 簡単に答えられる事じゃないし言葉にしちゃうの怖いなぁって思ったから明言を避けたいところですが、敢えて言うなら精神的活動みたいなものかなぁ。この問いの答えを考えるには焼き物を作ろうって思いました。時代時代での生活の仕方を知る事が好きだから、伝承とか文化の繋がりっていう解釈もあるかな。文化の繋がりを遺伝子が記憶していくことみたいな。
例えば椅子が生まれて足が長くなったとかって、体の形に影響を及ぼしてて。人間がどんどん繋がって今の形になってる事も私にとってはカルチャーっていう感じで。縄文人の顔が濃いとか毛が濃いとかっていうのも生活様式が故で、キリンの首が長いのと同じ。歌う時の感覚も遺伝子がその気持ち良さを知ってるんじゃないかなとか。何事も体の方がよく知ってるなぁって思う。コップの持ち方も教わってる訳じゃないのに知ってて。遺伝子が繋いでるんだよなぁって思う。赤ちゃんを見ても無だとは思えなくて、生まれてきた時点で遺伝子がいっぱい知ってることを持ってるんだなって。生きてく上で知ることは後付けで、もっと根本には繋いできた遺伝子が知ってる事を持ってるなぁって思います。でもそこにさらに椅子が生まれるみたいな変化がおきて、それが遺伝子に影響を及ぼすっていうことの面白さもあるかも。だから変わり続ける物を、繋げれるっていう感じ。

 ──ありがとうございました。

取材・構成 Tsukasa Yorozuya

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