【PERSONAL FILE】 Bboy Krow 「ホンモノ」を求めた先に Striving for “REAL”

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世界で最もダンス人口が多いジャンルの Breakin’ (ブレイクダンス)はHIP HOPの四大要素の一つであり、オリンピックの種目になるなどその注目度は高い。
今回は、このシーンにいる者なら誰しも知っている世界的Breakin’クルー Ready To Rock に、数少ない日本人として所属するBboy Krow を取材した。
世界中を周り、実際に感じて来た彼だからこそ語ることができる、「ダンスを学ぶ」ということの本質とは。彼にとってのカルチャーとは。
様々な経験を振り返りながら、紐解いていく。

※当インタビューは政府による自粛要請前に行われました。

Bboy Krow interview teaser
Krowのinstagramアカウント

「ホンモノ」を求めて突き破った窓


 ──早速なのですが、今現在はダンサーという肩書きで活動しているということでよろしいですか?

Krow まぁ、そうだね。ただ、ずっとダンスは遊びというか楽しいものとしてやってきて、別にダンサーを目指してやってきたということは全くないね。ただ楽しくてずっと続いてしまってるって感じかな。

 ──ダンスにはいつ出会ったんですか?

Krow 高2の冬だね。(ニューヨークの高校に通っていた。)実は元々はバンドをやってたんだけど、そのバンドのメンバーでいつも一緒にやんちゃしてた中身アメリカ人みたいな親友の影響で。そいつはグラフィティ(ストリートアート)やっててHIP HOPが好きだったみたいで、「ラップできないし、DJは機材が高いからBreakin’やるわ」っていきなり言ってきて、俺は最初何言ってるのかさっぱりわかんなかったってんだよね。なんで、ラップやDJというワードが出てくるのかも(HIP HOPの4大要素はDJ, MC, BREAKIN, グラフィティ)それで、あとあとそれがHIP HOPって知ったんだよね。
それでそいつにちょっとBreakin’のステップとか教えてもらってたんだけど、そいつが悪さして退学しちゃうんだよ。ただ、俺は目立ちたがり屋だったから文化祭とかでやろうと思って一人でwikiで調べてたら、「発祥の地がNY」って書いてあって、ここじゃん!って。そっからより興味抱くようになった。やっぱ高校がNYにあったっていうのが大きかったね。

 ──NYでの生活はどんな感じだったんですか?

Krow ここが発祥って知ってから、たくさん調べてたら70,80年代の文化のカルチャーだから、まだ作った人生きてるじゃん、会いたい!ってなったんだよね。それで、寮生活で校則厳しくて本当はダメなんだけど、週末に友達と抜け出して、ストリートパフォーマンスしてる人にどこで踊れるんですかって聞いて回って、ダンスコミュニティを広げていった。平日に寮の窓突き破ってワークショップ行ったりね(笑)
その中でTools of War っていうイベントに出会うんだけど、本当にHIP HOPのパイオニアみたいな人達が全員いるみたいなイベントで、友達から教わってそれに初めて行った時はDJ Kool Herc(HIP HOP黎明期の三大DJの一人)がDJしてたり、Breakin’の技作った本人が踊ってたり。それがとにかくカッコよくて。ぜひ行ってみてほしいな。


Ready To Rock
血まみれの儀式


 ──そうやっていろんな場所に足を運んでいるうちに、現在所属しているReady To Rock というチームに出会ったんですか?

Krow まぁ、そうなるんだけどそこからの道のりが長くて(笑)
そもそもReady To Rockっていうクルーは、昔のギャングのカルチャーを完全に踏襲してて、それをダンスに落とし込んで文化を守る事を目的としてるクルーなんだ。ダンス的には、今は流行ってるスタイルだけど、RockingとBreakin’を初めて混ぜたクルーなんだよね。
初めて彼らを見たのが、NYハーレムでのイベントの時かな。その時みた彼らは、みんな同じジャージを着てたり、あとはメンバーの人種が全然違ってすごく魅力的だったんだ。その人たちのダンスを見た時に初めて音楽に合わせて踊るという事を知って、すごい衝撃だった。ダンス始めたての俺からしたらダンスはもちろん、着てる服やタトゥー、態度とか全て含めてカッコよくて、この人達みたいに踊りたいってなったんだよね。
それで教えてくれって直談判したんだよ。でもさっき言ったみたいに、ギャングみたいな人たちだから、そんな優しくなくて全然相手してくれなくて。
まずスラングだらけで何言ってんのか全然わかんなかったし、俺の知ってる英語じゃねぇみたいな(笑)

 ──そっからどうやって距離を詰めて言ったんですか?

Krow そっから彼らとその周辺の人たち、元ギャングみたいな人たちに会いに行きまくって、そこでストリートの生き抜き方、考え方とかを会話の中で学んで行ったんだ。
自分の中では、やっぱり彼らがいたブロンクス(NYの北部)の本当にオリジナルなスタイルがすごい特別で、めちゃめちゃ勉強したんだよね。でもその時はダンスも上手くなくて、Ready to Rock に入れるわけはなくて、普通に日本に帰ることになるんだ。それで、大学休学して日本で練習しながら、世界中のイベントに足を運び続けたんだよね。
その中で世界中のbboy(ブレイクダンサーの総称)と出会ったり、話したりして、その中でやっと、que rock(ブロンクス出身でカナダ在住、Ready To Rockのメンバー)の弟子みたいになれて、自分のダンスも確立されてきて、いろんな人が自分の噂をしてくれるようになったんだよ。

 ──なるほど。世界中回って、ようやくメンバーになれたってことですね?

Krow これがまだなんだよね(笑) que rockにはもうReady to Rockに入れるよみたいな事を言われてて、入れるかなーと思ったんだけど、全然入れてもらえなくて、結局そっから一年経つんだ。
ある時に、Ready To RockのパーティーがNYで開かれるって聞いて、メンバーもほぼ全員来るっていうから、そのためだけにNYに行ったんだよね。
また、その旅が本当にすごくて、本物のギャングの人にあったり、言えないような経験もして(笑)で、そのパーティでやっと入れるってなるんだけど、そっから儀式みたいなのがあって、メンバー全員と一人ずつひたすらダンスバトルさせられたんだよね。
ギャングが仲間に入れる時にまず全員でそいつのことリンチするみたいなルールがあってそれのダンスバージョンみたいな感じ。ストリートでやるもんだから手が血だらけになるまで踊り続けたんだよね。それでやっと入れるってなってセレブレーションされたんだけど、唯一そのパーティに来てなかったメンバーが俺は認めないってなったらしくて、すぐには入れなかったんだ。(笑)
逆にそこで、めちゃめちゃいいクルーだなって思ったんだよね。みんなのことを大事にしてて、家族みたいなんだなって。
結局、その人に会いにLAに行ったりして、いろいろあってやっと全員に認められて、入れたっていう感じかな。羽田空港で連絡来て入れることを知ったんだよ。
まぁ自分はクルーに入るためにやってたというか、楽しくてやってただけだけどね。

Ready To Rockのメンバー

熱いシャワーの決意 「全力でやらなきゃ」


  ──人生を変えた出会いはありますか?

Krow 大学休学中に海外行きまくってた時のフィリピンでの経験かな。
フィリピンってすごく貧富の差があって、フィリピン出身のbboy MOUSEがフィリピンでストリートチルドレンにダンスとか英語とかを教えるKAPAYAPAAN PROJECT(カパヤパンプロジェクト)っていうのをしてて、ずっと興味持ってたんだよね。
それでKatsu1さんとその仲間と一緒にフィリピンに向かって、無料wsとかをしに行った。すごい環境で、水も出ないみたいな感じで、ビールの方が安いみたいな(笑)
そこでの経験は衝撃的だったんだよね。裸足でボロボロな服を着ているストリートチルドレンとか目の色、肌の色など関係なく全員でダンスしている空間とか。
少年にナイフを盗まれて死にかけた経験もあった(笑)
貧富の差とか、治安の悪さを体感する日々で。その中でもイベントを連日やってて。
それが、過酷だったけど、めっちゃ幸せだったんだよね。

 ──またまたすごい経験ですね。どう幸せだったんですか?

Krow こっちが「与える」側のはずなのに、全力で踊る姿とか笑顔とかで逆に「与えられた」感覚だったんだよね。
で、その最終日にそこにいるみんなで、ひたすら踊り狂った時に、その光景を見て、全ての雑念が消えたというか。
ちっちゃいこと気にしてるのどーでもよくなっちゃって。
それで日本に帰って、興奮収まらなくてすごいみんなでそこでの経験を噛み締めながら、語り合った。

 ──自分たちの環境とのギャップとかに気付かされたわけですね。

Krow そう。それで、家に帰って熱いシャワー浴びた時に涙が出て来たんだよね。
なんで俺こんな幸せな国に生まれてんだろうって、
そこでふと思い出したのが、フィリピンの子に夢を聞いたことで、その子が
「将来は日本に行って働いて家族養うんだ」って言ってたんだよね。
その時俺は休学してて、自分に言い訳してたたんだなって思った。
例えば、満員電車が嫌だとか(笑)、そんな感じで色々ちっちゃい理由つけて生きてたなって。

 ──それで大学に復学されたんですね?

Krow あそこにいたストリートチルドレンは、選択肢が限られた中で全力で生きてて、日本から俺らが与えに行ったのにすごいもてなしてくれた。
日本ってこんなに恵まれてて、すごい幸せなことだと改めて気づいたんだよね。それで、今与えられたことをまず全力になってやんなきゃなって思って、大学に戻ったんだ。

 ──その後ダンスサークルにも入られましたよね?

Krow 帰国して、日本のシーンにももっとコミットしようって決めたんだ。それで大学のサークルで、別にめちゃくちゃ上手いわけじゃないけどほんとに全力で活動してるのを見て、これが大事なんだなって。全力って美しいなって思ったんだよ。
だから、上手いとか下手とかしか言わない人は大嫌いなんだよね。
ダンスってそういう次元のものじゃないというか。

 ──学生ダンスシーンに対して思ってることはありますか?

Krow これずーっといってるんだけど、学生シーンなんてないと思ってる。学生とか関係ない。
子供だろうが大人だろうがホンモノが勝つっていうのがストリートカルチャーだと思うんだよね。上も下もない。
誰が勝つかわかんないのが面白いところだから。ある意味プロとかもないと思ってる。
全然、有名じゃなくてもかっこいいやついるし、そのまた逆もあるしね。
学生だからとか関係なく、フラットに見てるかな。


カルチャーとは、自分


 ──今後のビジョンはありますか?

Krow なんか、常に今ばっかりなんだよね。先のことあんま考えてないかな。今できた興味にめちゃくちゃ全力で取り組んできたんだよね。
まぁ今はコロナもあって、音楽の勉強ずっとやってるかな。

 ──その音楽は発信しないんですか?

Krow まぁそれも出したくなったら出すって感じ、
あとはダンスの動画作成もしてるかな。今も動画撮ってるよ。黒澤明『夢』という映画を見てすごく刺激を受けて作ったんだ。日本のカルチャーとダンスの融合。

 ──ダンスを教えることには興味ないんですか?

Krow まぁ、無くはないけど、今まで自分が足運んでダンスを習ってたのもあって、ダンスの動きだけ教えても仕方ないかなって。動きにも全部意味があるし、その人と一緒にいて、その人がどう振る舞うかどんな服着てるか、考え方とかを感じながら、HIP HOPってなんだろう、bboyってなんだろうっていうのを考えないと意味ないと思うんだよね。

 ──自分みたいに学んで行ってほしいってことですね?

Krow まぁそうだね、そういう思いではあるね。でも、常に自分はオープンではあるよ(笑)
とにかく足を運ぶべき。
足を運んだらまた次に行きたくなるもので、経験が加速させていくんだよ。

 ──僕達のメディアはU-25のカルチャーに関わる人たちにフォーカスしてるんですけど、同世代で意識してる人いますか?

Krow うーん、全員だね。このインタビューもだし、ダンスで言うなら上手い上手くない関係なく、もっと言えばダンサーとか関係なく、みんなに影響受けてる。会う人会う人からインスピレーションをもらってる。
あとは、みんなが行く方向じゃない方に行く人とかはすごくいいなって思うかな。
まぁ一人いうとしたら韓国のやつで Ready To Rocksted love ってやつ。同じ人からダンス習ってたのに、全然考え方とかダンスも違くて、それが面白いなって。
違うっていいなっていうのはいっつも思うかな。

 ──他のカルチャーに興味ありますか?

Krow もちろんそれは音楽だね。まぁ同じ畑だけど(笑)
バンドやってたってのもあって。今はやっぱコロナの影響でダンスで発信することは難しいから音楽の勉強はしてる。

 ──最後の質問なのですが、Krowさんにとって「カルチャー」とは?

Krow Katsu1さんが「HIPHOPとは?」ってKRS-Oneに聞いた時、指さされて「You」って言われたらしいんだけど、つまりカルチャーとは自分ってことなのかな。
みんなが持ってるものだと思う。
きっとみんながグッとくるものがそれぞれあるじゃん。それがないとね。

 ──ありがとうございました。


足を運んで経験し、感じることがどれだけ大切であるか。頭では理解していても、行動に移すことは難しいものだ。
彼にとってそれは当然なことである。彼が見ている世界は一回りも、二回りも広いように感じた。

<FIN.>

取材・構成 Taiki Tsujimoto
撮影 Shun Kawahara
アシスタント Nozomi Tanaka