【PERSONAL FILE】Photographer 小杉歩 「自分らしく」写し、生きる

小杉歩 Photographer
高校二年生でフォトグラファーへの道を志し、数多くの有名アーティストなどの写真を手がける今注目の若手フォトグラファー。
今回は今までの経緯から、写真ならではの良さ、そして彼自身が大切にしている価値観までを訊くことができた。そこには「自分らしさ」や「自然体」といったキーワードがあった。

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ひたすら自分から声をかけ続けた


 ──最初に自己紹介と現在の活動について教えてください。

小杉 フォトグラファーの小杉歩です。今のところは音楽周りや雑誌などがメインで、アーティストの方の写真を撮っています。

 ──活動を始めたきっかけについて教えてください。

小杉  僕らの世代って小学生、中学生くらいから携帯を持ってたりするじゃないですか。写真自体を撮り始めたのは、実家のベランダから見える夕日がすごく綺麗で、それを携帯で撮っていたところからですね。で、ちゃんとフォトグラファーになろうと思ったのは高校二年生くらい。何かしら始めないとやばいなっていう焦りがあって、その時音楽と写真が好きだったので、じゃあその二つの要素があるアーティストのライブ撮影をしようと思いました。そこからちゃんと一眼レフを買ってフォトグラファーとして活動し始めましたね。

 ──高2から撮り始めて、仕事としてアーティストさんのライブなどを撮れるまでに至った経緯は?

小杉 もう人との繋がりだけな気がしますね。始めた時はどうすれば仕事になっていくかとかもわからなかったので、ひたすら色んな人に声をかけて撮らせてもらっての繰り返しでした。それこそKing Gnuさんとかも自分から声かけましたね。まだ『白日』などがリリースされる前に、大阪のヴィレッジヴァンガードで曲が流れてて、かっこいいなと思って調べました。そんな感じでだんだんメジャーアーティストの方たちも撮らせて頂けるようになって、今に至るって感じです。

 ──人との繋がりによって色々と経験を積んで今に至るということですが、その中でも特に転機となった出会いなどはありますか?

小杉 転機となった出会いはたくさんあるんですが、特に印象的なのは森良太*さんというシンガーソングライターの方と『MUSICA』*という雑誌の編集長をされている有泉智子さんですかね。今までのカメラマンとしての人生の転機を作ってくださった方たちです。

*森良太:シンガーソングライター。中学生の頃から、ライブハウスや路上での弾き語りをはじめる。2007年にBrian the Sunを結成し、2020年に活動休止。2021年からソロ活動を開始。https://moriryota.com/

*『MUSICA』:株式会社FACTが発行する音楽雑誌。毎月15日発売中。http://www.musica-net.jp/

 ──どのような出会いだったのでしょうか?

小杉 まず森さんは、この人がいなかったら僕は今たぶん写真続けていないっていうくらいお世話になった方ですね。僕が色々やらかして、親にカメラマンはもう辞めなさいと言われた時に、わざわざ僕の家まで来て一緒に謝ってくれたんですよ。そこからまた写真を頑張ろうと再スタートが切れました。なのでほんと一番の恩人ですね。
 有泉さんは東京に来るきっかけを与えてくれた方というか。僕出身が大阪なんですけど、大阪にいる時に一度広島の撮影でオファーを頂いて。僕の中で『MUSICA』を撮らせてもらえるなら早く東京に来てご一緒したいなっていうのがあって、上京してきました。

 ──カメラマンをやっていく中で影響を受けた人やモノなどはありますか?

小杉 一番は森山大道*さんですかね。日本の写真家のレジェンドです。この方の写真を見て、しっかり写真をやっていこうと思いましたね。

*森山大道:日本の写真家。1938年生まれ。日本写真批評家協会新人賞、日本写真家協会年度賞、第44回毎日芸術賞受賞、ドイツ写真家協会賞受賞、ハッセルブラッド国際写真賞などを受賞。日本のみならず海外でも高く評価されており、アメリカ、イタリア、イギリス、フランス、オーストリア、ベルギー、ドイツ、中国、スペインなどでも個展を開いている。

 ──具体的にどういったところに感銘を受けたのでしょうか?

小杉 結構写真でそれを言うのって難しくて。なんかもう見て直感ですね。白黒でブレたりザラザラした質感の写真を撮る方なんですけど、見た瞬間反射的に、この写真はかっこいいと思いました。

 ──撮影する際に一番意識されていることは何ですか?

小杉 人を撮る時は、被写体の方の個性を潰しすぎずに自分の色も出すというところですかね。ポージングとかも言い過ぎずにできるだけ被写体の方がナチュラルにポーズできるような感じで撮ってますね。なのであまりこうして欲しいとかは言わないです。

 ──なるほど。ですが一方で、自分の色も出していかないと誰が撮っても同じ作品になってしまうといったことあるかなと思うのですが、そこはどう意識されていますか?

小杉 うーん、結構写真って上下や左右の少しの角度だけでも被写体の方の表情がすごく変わるので、それをどこから撮るかとかもカメラマンの個性になると思いますし、デジタルだったらレタッチなどでも個性を出すことができます。なので、被写体の方にそこまでこちらに合わせてもらわずともちゃんと僕の色を出せるような感じにはしていると思いますね。

 ──自分の個性を出していく中で、そのインスピレーション元などはあったりしますか?

小杉 あったりなかったりですけど、例えば、街歩いてて見えた看板とか、花の色味とか、普通にInstagramやPinterestで写真を見てて、「この感じかっこいいな、じゃあ自分でもっとこうしたらよりカッコよくなるな」とか。まあ素材は色んなとこから引っ張ってきてますね。

 ──基本的に生きていく中で全てがインスピレーションで、何かビビッとくるものがあれば写真を撮っている感じでしょうか?

小杉 そうですね。なんかそう言ったらすごい神経質に思えるかもしれないですけど、もっとラフな感じで、自分の思考に入ってきたらそれを残しておくくらいの感じですね。そこまで毎日ずっと意識しているわけではないです。

photo by Ayumu Kosugi

「写真」はアートなのか


 ──写真の良さってどういったところにあると思いますか?

小杉 僕の中ではまだあまりわかってないんですけど。とりあえず楽しくて始めたところからここまで来て、その道中で色々考えたり調べたりして、確実な情報ではないんですけど、「写真を撮ったらその分の記憶が少し薄れる」という説があって。自分の今の記憶を削る代わりに未来の自分とか他の人へその場所の風景を分けることができるみたいなのはすごいロマンチックだなと思って、それを仕事にできてるのは嬉しいというのを一度Instagramに書いたことはあります。
 あとは最近アート写真みたいなのもたくさん増えてきたんですけど、どこまでいっても写真って「記録」という要素が強いので、色んな写真家さんがアートに振り切ろうとしている中、どうしても記録ってものが絶対ついてくるというもどかしい矛盾みたいな感じとかにすごくロマンを感じますね。矛盾にロマン感じるってよくわからないんですけど、なんかいいなみたいな。人間らしいなって思ったりします。

 ──ある程度まではアートになり得るけど、完全にはアートになりきらないみたいな部分に写真の良さを感じているということでしょうか?

小杉 そうですね。どこまでいっても写真は写真な気がして、100年後アートっていうジャンルに組み込まれているかもしれないですけど、ちゃんと僕の中では「写真」っていう一つのジャンルで残っていて欲しいなとは思いますね。
 100年後アートに組み込まれているかもしれないって言ったのは、昔絵画とかがなにかしらの物事を記録する用に使われていて、当時はすごく繊細に描かれてたんですよね。でもそこから写真とかが発明されて、もうピカソの時代とかって情報量の少ない、林檎一つ描くにしてもすごく情報量の少ないような絵になっていって、だんだんと遊び道具のようになっていってアートに変わっていったみたいな歴史があるから。今って5Gとかで映像がすぐ見られたりするし、情報量という点で写真は映像には敵わないので、写真がこのまま遊び道具のようなものになっていってアートに組み込まれるかもしれないという可能性はあるかなと思っています。
 なので今の写真家たちがどうするかで、今後写真がどこに所属するのか、どこのジャンル、どこのカルチャーに入っていくのかみたいなのが変わっていくと思いますね。

 ──なるほど。写真と映像の話が出ましたが、逆に写真にしかない良さはどこにあると思いますか?

小杉 空白が多いところですかね、情報量の中で。映像だったらある程度の時間繋げればその人の考えてることとか伝えたいことってまあ100%ではなくても、結構な割合で伝わると思うんですけど、写真って何枚の写真集でも伝わることってすごく少なくて。その分見る人の今まで経験してきたこととか、普段から考えていることがその写真を見る時に色々化学反応を起こして、その見た人のオリジナリティのある捉え方をしてもらえるみたいなのは写真の強みだと思います。

 ──映像は情報量が多い分その情報がそのまま入ってくるけど、逆に写真は映像よりも情報量が少ないからこそ色々と想像して人によって違う捉え方ができるということですね。では次に、「良い写真とは」ということについてお聞きしたいです。写真って誰でも撮れるし、趣味にしている人も多いと思うのですが、プロの視点から見る「良い写真」ってどういった写真なのでしょうか?

小杉 いやー、僕自身わかってないですね。まだ探求している途中というか。でも僕は多分一生答えは出ない気がします。写真にも色々ジャンルがあると思いますし、どれ見ても良いんですよね。良さがわかるっていうか。プロが撮るから絶対良い写真が撮れるってわけでもないと思いますし、趣味でやっている方がパッと撮った写真がすごく良かったりすることも全然ある。でもだからこそ情報量の少ない面白さが逆手に出て、写真というものを難しく感じてしまうこともよくあります。なので、どういう写真が良い、どういう写真が悪いみたいなのは断言できないですね。すごく感覚的なものな気がします。

 ──写真は捉え方が人それぞれでもあるし良い悪いというのはその人の感覚的な部分も大きいから、そもそも良い悪いで区別するものでもないという感じでしょうか?

小杉 そうですね。歴代の写真家さんを見てても構図とかがどんどん上手くなっていっても、その後それを崩してあえて下手になっていったりするんですよね。で、その下手になっていった後の写真がすごいカッコよかったりして、上手くなっているのを一回捨てて下手になったのに結果的にすごく写真が良くなるっていう。

 ──「上手い」と「良い」というのはイコールではない?

小杉 だと思いますね。もちろん構図とかがバッチリ決まっててこの写真上手いなって思う写真でもめちゃくちゃ良い写真はあります。なのでよくわからないんですよね。絶対的な法則みたいなのは無い気がします。

 ──なるほど。では小杉さんも昔に撮った写真の方が良い写真だったなって思うこともありますか?

小杉 ありますね。中学生の時に撮った夕日の写真とか見たら、その頃の方が夕日に関しては上手かったなと思ったりします。

 ──それはなぜなのでしょうか?

小杉 なぜなんですかね。僕の中ですごい個人的な思い出とかがあるから、そう見えてしまっているのかもしれないですね。

 ──「純粋さ」みたいなところから出てくる良い写真みたいな感じでしょうか?

小杉 だと思いますね。あと学生の頃って色々頭の中ぐちゃぐちゃしてるじゃないですか。僕クラスでイジメられたり、家庭環境ちょっと複雑になったりした時期があって。でその時ずっと夕日を撮り続けていたんですよね。なんか一日が終わる時に綺麗なものを見れてそれを写真に収められる喜びと、ちょっとそういった毎日のしんどさ、やるせなさを感じながら撮っていたので、今その写真を見るとその時の記憶が思い出されるというか。終わってしまったからこそその時の思い出が美化されて見えているかもしれないですけど。当時の夕日の写真見ているとこの写真良いなとか思ってしまいますね。

 ──写真が自分にとっての心の支えみたいになっていた部分もあったのでしょうか?

小杉 今となってあったんだなと思いますね。その時はよくわかってなかったし、ただ楽しくて撮ってたんですけど、撮っている時は幸せだったなぁみたいな記憶はちょっとありますね。

photo by Ayumu Kosugi

「自分らしさ」を追求したのちに出る個性


 ──小杉さんが生きている上で大切にしている価値観はありますか?

小杉 うーん、「自分らしくいること」だけですかね。というのも、これは写真を始めたからこそ気づけたことなんですけど、たぶん僕らの世代ってすごく器用な人が多い気がするんですよね。なんかこのカルチャーとこのカルチャーを合わせたら新しいものが出来上がるみたいな、計算して新しいものやいわゆる個性的なものを作っているクリエイターが多い気がして。でもそもそも全員が生まれつきオリジナルを持っているから、他人を気にしたり計算せずとも、もともと持っている本当の自分らしさを伸ばしていけば、みんなそれぞれオリジナリティのあるものを作れるんじゃないかと僕は思ってます。なのでそういう意味でも自分らしくいることって大事なんじゃないかなって思ってますね。なんか一般的なもの、普通のものから逃げて個性を出すんじゃなくて、一般的もそれ以外も気にせずにそもそも自分らしくいればいいんじゃないかって思ってます。それは意識してますね。

 ──意識して新しいものを産み出そうっていうんじゃなくて、結局自分らしく生きていることが個性になるし、それが他の人にないものだったら新しいものになるし、という感じでしょうか?

小杉 そうですね。その自分らしさを伸ばしていった先にあるものは、他人が真似できるようなものではなくなると思いますし。それに単純に、生まれてきた使命みたいな感じはありますよね。僕だけじゃなくてみんなそれぞれ好きなものとかも違うし、顔すらもみんなそれぞれ違う。なのにその人から生み出されるものや言葉などがが皆寄っていくのはちょっとおかしいんじゃないかなとは思ってますね。

 ──だから本当に自然体、自分らしくを追求していくことが、小杉さんにとって生きていく上で大切にしていることということでしょうか?

小杉 そうですね。自然体の意味も色々あると思うんですけどね。なんかAさんと会っている時とBさんと会っている時の自分が全然違うみたいなことあるじゃないですか。それって人によっては自分を出せてないって思う人もいるかもしれないですけど、僕の中では、僕っていう水槽があって、その会った人の色の絵の具を入れればその色になるのは当たり前と思っていて。

 ──自分らしくを追求するというのは他人からの影響を受けないということではなく、他人からの影響も自然体で受け入れることだということでしょうか?

小杉 そうですね。受けない影響もいっぱいあるじゃないですか。でも受けてしまっている影響は受けるべき影響な気がしていて、自分自身が意識しなくても受け入れてしまっていることに関しては変に拒まずに、その影響を受けていることすらも「自分らしさ」というふうに思ってます。

 ──今後の展望について教えてください。

小杉 うーん、まあとりあえず、僕の写真を受け入れてくれる人たちと一緒に色々していきたいですね。お仕事なり作品作りなり、ここと絶対に仕事したいみたいなのはあんまり無くて、というよりかは僕の人間性とか写真を受け入れてくれる人たちと大きくなっていきたいと思っています。超大雑把な感じですね。決まった目標はないです。でも最終的に歴史に残れたら最高ですね。

photo by Ayumu Kosugi

 ──人生の中で一番心に残っている一曲を教えてください。

小杉 難しいっすねそれ。うーん、Def Tech『My Way』ですかね。母親が好きだったので、物心ついた頃から知っている曲でした。シンプルに歌詞を見て、人生に必要なことほとんど詰まっている気がします。

 ──小杉さんにとって「イケてる」とは?

小杉 さっき言っちゃったのとほとんど一緒ですね。一般的な個性から逃げたのちに付いてくる個性じゃなくて、自分が元々持っているオリジナリティ、ありのままを追求したのちに出る個性を持っている人やモノはイケてるなと思います。
 一般的から逃げた後の個性ってわかったりするじゃないですか。このカルチャーとこのカルチャーを避けて避けてこうなったんだなみたいな。でも完全オリジナリティのある個性ってそういうことも感じさせないというか、計算できるものでもないと思うので。もちろんその分年齢重ねて時間もかかると思うんですけど、自分自身もそんな完全オリジナルを貫いた後の個性を持った人間になりたいですね。

 ──では最後に「カルチャー」とは?

小杉 うーん、その時代の環境、経済的なものとかが関係してその時代の人たちが普通に過ごした日常とかが積み重なっていって結果カルチャーになるのかなって思います。なので多分誰も作ろうと思って作ったカルチャーってあんまりないと思うんですよ。

 ──その時代で生きてきた人たちが自然に生きていた結果自然に生まれたものがカルチャーということでしょうか?

小杉 そうですね。と思いますね。
 でもこれからカルチャー作るとかって超大変ですよね。まあ作るというかできていくとは思うんですけど、なんか僕、まあ今の時代を生きているからかもしれないですけど、もっと昔にできたカルチャーはすごくカッコ良いなって思っちゃうというか。なので今の時代、そして今後、昔からあるカルチャーを超えていくカルチャーができていくのかっていうのは、不安というか心配になったりしますね。

 ──それは現代の状況を見て、カルチャーが生まれにくいということですか?

小杉 そうですね。生まれにくい気がします。
 今の時代って、教育の仕組みというか、言われたことができる人たちが偏差値が高くて、そんな偏差値が高い人たちが生きやすい時代じゃないですか。それだとオリジナリティの部分が育たないというか、言われたことをただできるっていうと言い方悪いですけど、そういう人たちが大人になってから何か面白いことを始めれるのかっていう、疑問はありますね。別に偏差値高い人へのディスではなくて、偏差値が高い人でも面白い人は山ほどいますし、本当に賢い人はそれを分かった上で偏差値をあげていくと思います。ただ社会の仕組みとして面白い人が育ちにくいような気はしていますね。

 ──ありがとうございました。

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